マダガスカル皆既日蝕ツアー
エッセイ



マダガスカル、田毎のカノープス   浜村しおみ(JSGA)
 
 バオバブの道で夕暮れの写真を撮ってから、「ねじれバオバブ」を見に行った人たちを待っていると、あたりはどんどん夕闇に包まれていきました。一番星は火星でした。そしてシリウス、カノープス、α、βケンタウリ、南十字と南天のエキゾチックな星ぼしが次々現れてきます。これが見たかったんだよー、と夢中で空を見上げました。さらに星が見えてくると、おおっ、さそりがひっくり返っている!ああっ、北斗七星が天の北極が地平線の下にあることを指している!すばらしい!
 近くでは近所の子供たちが、まるで昼間のように走り回って遊んでいます。この暗さの中、私は足元が怖くて走ったりできないのにたいしたものです。きっとこの子たちの目ならもっとたくさん星が見えるんだろうなぁ。

 そしてそれから、あの水溜り事件が起こるのですが、そこで見た星空がまたすごい。漆黒の空に、無数の星ぼし、なんといっても南天の天の川のすばらしさ。「濃い」というだけではなくて、色があるのがわかる感じです。
 水溜りの車は放置して、全員もう一台の車にのって宿まで帰る途中も、ずっと窓から空を見ていました。マダガスカルは田んぼだらけの国です。街中に入るころ、窓の外の田んぼに星が映っているのが見えました。どの星だろう、と空を見てみると、それはカノープスでした。車が走るのにつれて、カノープスが一枚の田んぼから次の田んぼへ、映って行くのが見えます。日本の信州姥捨地方では、棚田に映る月を「田毎の月」(たごとのつき)といって愛でる風習がありますが、ここはマダガスカル、「田毎の月」ならぬ「田毎のカノープス」を見たぞ、と一人悦に入ってました。

 日本に帰ってから、「田毎の月」について調べてみたら、「田毎の月」というのは一枚一枚の田んぼに全部月が1個ずつ写っている様子だという説がありました。しかし、それは光学的に不可能なはずなので、私が見たように観測者が移動するのにつれて、月が次々と隣の田んぼに映っていく様子だとする説もあり、結局私がマダガスカルで見たものは「田毎のカノープス」というべきものなのか、かえって判らなくなりました。

 まあ、せっかくマダガスカルまで行ったのだから、ここではあれを「田毎のカノープス」と呼ぶことにしましょう。

「日食に行く」   佐々木 薫(宇宙開発事業団)
 
 皆既日蝕を口実にした旅もこれで5回目。この天文現象が非日常である以上に、マダガスカルの砂漠地帯に行くなんて、私にとってはこれも相当な非日常体験。毎回異なる景色の中に描かれる黒い太陽をいつも眩しく見ている。
 主催者の思惑どおり(!)ツアーの大半を占める「観光旅行」の途中途中で見たもの、聞いたもの、出会った人々などに驚いたり、感動したりでご馳走さまの後のデザートに日蝕をいただき、もう満腹。しかし再び日常生活に戻り、体力・気力を消耗する生活を余儀なくされ、そろそろ限界を感じた頃に自然と渇望してしまう。「日蝕行きたい!」(見たい!じゃなくて行きたい!というところがポイント。)

 でもホントこれって贅沢な旅ですね、いろんな意味で。こんな素敵な旅に出会い続けていることに感謝しつつ、次は南極それとも豪州?ま、世界の5大陸踏破まで後3つもあるし、当分終わりそうもないか。
      eclipse
背中を むけた まっくろ つきが
   いつもは まぶしい ひかりを かくす
ピンクの ダンスが のびやかに
   羽ばたく つばさが 誇らしそうに
いつもは かくれた すがたが 見えた
   かがやく ほしの きらめく 野辺で


マダガスカルを旅して   内藤 直人(長野県)
 
 奇跡がおき感動的な皆既日食を体験でき最高の喜びでしたが自然破壊に対しては危惧を感じました。マダガスカル住人の多くは日本人と同じモンゴロイドあるがなんともいえないすばらしい笑顔で接してくれました、しかしこの笑顔はいつの日か、、、、、

 上空から大地を眺めると森林がほとんど無い、はげ山、砂漠かな?1000〜1500万年前マレー半島、インドネシア方面からから上陸した人達が雑草、森林を焼き払い種をまく焼き畑耕作をとりいれまだ続いているからである。

 広大な森林は何世紀にもわたって焼畑が行われたために地表が露出してそれが侵食されてかたくやせたラテライト土壌になってしまった。このままでは森林は消えマダガスカルにしか生息しない生物はやがて絶滅してしまう。

 豊かな森林は生物にとってなくてはならないものですがマダガスカルをはじめ発展途上国では焼き畑、牧畜、エビ養殖、先進国への木材輸出等で毎年広大な森林がはげ山になっているそうです。これからは先進国の人間が真剣にライフスタイルを考えなければならないと思いました。