マダガスカル皆既日蝕ツアー
エッセイ



日本が失ってしまったもの
 -マダガスカル日食ツアーより-    吉川 真(宇宙科学研究所)

 天文学というものにずっと関係していたにも関わらず、皆既日食というものを今まで見たことがありませんでした。日食だけなら、今までも行く気になれば行けなくはなかったはずなのですが、あまり縁がなかったのでしょう。ところが、今回は、マダガスカルという国で皆既日食を見るということで、計画された当初から非常に気にかかり、ついに決断してツアーに加わることにしました。
 実際に目の当たりにしたマダガスカルという国は、まさに発展途上国です。都市を少し離れると、電気も水道もありません。家は基本的にはレンガで作られているようですが、農村やサバンナ地帯になると、土と草で作った素朴な家になってしまいます。移動の手段は歩くこと。牛車があれば、裕福なのでしょう。これでよく生活できるなあ、と思うこともしばしばでした。
 このように日本の暮らしからみると、まさに天と地ほどに違いますが、日本が失ってしまったものが沢山あることもまた気づかされます。澄んだ空。青い海。動植物の豊かな森や草原。満天の星空と天の川。自然と一体になった暮らし。そして、子供達の純粋で好奇心にあふれる目。

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Photo by Yoshikawa

 マダガスカルの人々の様子を見ていると、毎日、何かに追われるように生活しているのが、なんだか無意味に思われてきます。何のために、あくせくしなければいけないのでしょう。もちろん、マダガスカルでの生活も、おそらく見た目よりは大変なのだろうと思います。自然が相手ですから。しかし、その自然に対抗するために発展してきた科学技術が、人間にとって本当によいものだったのでしょうか。自然と両立するような科学技術はないのでしょうか。そんな思いを改めて強く感じました。
 さて、日食の方ですが、誰も予期していなかった逆転満塁さよならホームランという感じで、久しぶりに感動というものを味わいました。皆既になるちょっと前に太陽が雲に隠れてしまい、誰もが諦めた時、ふわりと真っ黒な太陽が雲から抜け出てきたのです。真っ黒の太陽から広がるコロナと赤いプロミネンス。そしてダイヤモンドリングの何とも表現しがたい輝き・・・。マダガスカルの美しい自然の中でみた夕日の皆既日食は、決して忘れることのできない光景です。
 雲のためにダイヤモンドリングは1度しか見ることができませんでした。でも、残念がる必要はありません。消えていくダイヤモンドリングより生まれてきたダイアモンドリングの方が、21世紀最初の日食にとってなんとふさわしいものでしょうか。