News and Information on Asteroids and Other Minor Bodies
No.01-04(通算36号)
2001-10.20発行
特定非営利活動法人
日本スペースガード協会


今月のイメージ

 中国、タシュクルガンを出発した、相当に風雪を重ねたと見受けられるバスは、いささか苦しげではあるが、それでもクンジュラブ峠頂上まで登りきる。そこは氷河が迫る、高度5000mの国境、少し歩くだけで感じる特異な息苦しさで、その高度を実感する。しかしそこを過ぎると道は一気に下りとなる。何とも美しく、また迫力満点の風景を両側に展開しながら、パキスタンのイスラマバードに続く、カラコルム・ハイウェイ(KKH)である。パキスタン北部、フンザ地方を貫くこの道は、古くは東西世界を結ぶ交易路、シルクロードであり、1800年代にこの地の人々をすっかり改宗させたイスラムもこの道を通ってやってきた。1978年、10年を超える歳月、500名に近い犠牲者、そして莫大な費用を投じて、車が自由に通行できるKKHが完成し、かつてJames Hiltonの小説、Lost HorizonでShangri-La(桃源郷)と呼ばれたフンザを、大きく変えた。もっとも最初にこの地に大きな変革をもたらしたのは、19世紀、イギリス人によってもたらされた5つの“不純物”、すなわち砂糖、たばこ、スパイス、茶、そして植物油であったという。これらの“不純物”は、長寿を誇ったこの地方の純粋で、素朴な食生活を大きく乱してしまったのだそうだ。しかし、KKHの影響はさらに大きなものであろう。その最たるものは「貨幣使用の普及」であると言われている。物々交換に近かったこの地を一気に貨幣経済に変え、その貨幣収入の最大のソースは、KKHを通ってやってくる観光客になっているという。それでもブルシャスキー語という、他の言語との相関がほとんど見られないという、特異な言語が用いられているこの地方には、お金の交流よりも心の交流を大事にするという、昔の気風が色濃く残っていて、それは訪れた旅行者が等しく感じるところである。そして、この地を取り囲むカラコルム山脈の連なる7000m級の山々の美しさ、のどかな集落の風景とともに心を和ませてくれ、ここはまだまだ現代に残された桃源郷なのだというのが実感であった。


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イメージ JONA

   このKKH、ハイウェイという名前が付いているが、それは日本の高速道路とは似て非なるもので、険しい山道を何とか拡張して、自動車が通れるようにしたというものである。道路のいたるところに石が散乱し、数百メートルをこえる絶壁が覆いかぶさるように迫っているところも多い。見上げると巨大な岩石がその身の半分以上をのり出すようにして、「そろそろ落下しますよ」と言わんばかりに、中腹に留まっているのがいたるところに散見される。それらの岩石をそのような状態で留めるために、現在いかなる外力が働いているのかを簡単に推測するのは極めて困難に見える。ようするにいつ落下してもおかしくないのである。実際、落石で道路が通行止めになるのは日常茶飯事であり、それを裏付けるように、ところどころにブルトーザが待機しているのが見られた。

 しかし、この道は一度通ったらもうこりごりかというと、決してそんなことはない。落石の恐怖も凌ぐ、すばらしい風景が見られるからである。そびえる山々、迫る氷河、氷河からの水を荒々しく運ぶ深い谷川。その姿、色合いも刻々と変わる。バスの窓越しに展開されるその風景と同じものを、この道を旅した人々は二千年以上にわたって見てきたのであろう、と思わず感慨にふけってしまった。今回、中国からパキスタンに入り、また中国に戻るという旅行をして、二回、この道を通ったわけであるが、不思議と二回目には落石の恐怖はすっかり消えてしまい、迫力ある風景だけが印象に残った。今はもう一度、この道を通る旅がしたいと、切に思っている。

 この程度の道路であれば、自然破壊というよりは、自然に畏敬の念を持ちながら、そっと通してもらっている、というところかもしれない。しかし文明はいかなる隙間からでも入り込み、社会を、そしてそこに生活する人間を変える。この程度の道路でも、道路に沿った谷川の激しい流れのように文明はフンザ地方に侵入した。一介の旅行者にはよくわからないが、社会の激変をこの地に生活する人々は実験しているようである。しかもその変化を逆戻りすることは、ほとんど不可能である。むしろ一層急速に、現代の技術文明に同化すべく突進することになる。ホテルのロビーから見えるこの地方独特の美しい風景を遮るように建っている真新しい携帯電話の中継塔が、それを象徴しているように見えた。

 逆戻りできない技術文明の究極は、高度の武器を使った戦争である。このフンザ地方にも一部国境を接するアフガニスタンも、かつてはフンザと同じように牧歌的で美しい風景が展開されていたであろう。しかし連日放映される、その荒れ果てた風景は何とも痛々しい。人類にも寿命というものはある。しかしそれは自然が決めてくれるはずである。いつか必ず起こるであろう大きな天体の衝突に、それを任せてはどうだろうか。それまでは、とにかく自ら滅びることだけは避けたい。あと何年間? それはJSGAの望遠鏡が決めてくれる。
                        
(由紀 聡平)