アリヴェデルチ・セレス (セレスでまた会おう) 前 編

-小惑星発見200周年記念学会「Asteroids 2001」顛末記1-
寺薗 淳也 (日本宇宙フォーラム)



序章 〜パレルモ空港にて〜


「どうなってしまうんだろうか...」
私の心の中に、不安がよぎった。

 パレルモ空港、午後11時。イタリアにおける慣例通り、ローマからのフライトは1時間以上遅れ、ただでさえ遅い到着がさらに遅くなってしまった。しかも、私の荷物はなかなか出てこない。荷物を見つけた人が、1人、また1人と空港の出口[ウシータ]から、夜の闇に消えていく。しびれを切らしかけた寸前になって、実は私の荷物が税関に預けられていることがわかった。大体、調査官もいないのに何で税関に運ばれているのか? 困惑というより、怒りの気持ちが先立ってしまう。

 幸い、ローマの空港で、同じ学会に出席するパリ天文台の研究者と一緒になった。その方と相乗りで、ホテルへ向かうことにする。イタリアでは、乗る前にタクシーの値段の交渉が必要である。生まれて初めての体験である。運賃を紙に書いて交渉してみる。学会のホームページには、「空港からホテルまでは9万リラ。但し深夜だと割増料金になる」と書いてある。さっそく9万リラを提示してみる。「カモ」になりそうな外国人の客だと思ったのか、まわりを取り巻いていた運転手が、一斉に手を振って去っていってしまった。何だい、結局あの説明はうそだったのか? …と思うと、1人の運転手が、OKという素振りで近づいてきた。なるほど、こういうふうにして交渉って成立するのか…と思うと、彼はいきなりペンでその9万の数字に線を引いて、「12万」と直してくれた。かくして、料金はしっかりと深夜割増料金にされてしまった。

 大音量でローカルFM放送を流すプジョーが、高速道路[アウトデストラーダ]を時速120kmで吹っ飛ばしていく。地元の曲だろうか。といっても、イタリア語はさっぱりわからない。パレルモの街中に入れば、運転手は、イタリアにおける正しいドライビングを実践してくれる。すなわち、自分の進路はクラクションで確保し、遅い車はかまわず追い抜く。駐車車両は巧みに擦り抜け、エンジンの性能は最大限に発揮させる。後席の2人はしばし無言で、揺れに耐えるしかなかった。

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<写真.1>ホテルから見た海
遠くに見えるのは、近くの港町ポルティチェッロ。

小惑星学会「Asteroids 2001」

 この誌の読者ならご存じかと思うが、小惑星を最初に発見したのは、このシチリアにあるパレルモ天文台で観測をしていた、ピアッジという天文学者である。時は1801年1月1日。19世紀がまさに、始まろうとしていたその日である。今年は2001年。そのときから200年の時が流れ、発見された小惑星の数は25000を超えようとしている。その200年の小惑星研究の流れを振り返り、改めて原点の地、パレルモに、小惑星の研究者が集まり、議論を重ねようという学会が、この「Asteroids 2001」である。学会の出席者は総計250名。観測者、理論家、軌道計算から探査ミッション関係者まで、小惑星を研究している非常に幅広い分野の研究者が集まっている。またさらに、参加者も当地イタリアはもちろんのこと、アメリカ、ヨーロッパ、旧ソ連諸国、そしてもちろん日本からも多数の参加者が集まる、文字どおりワールドワイドな国際学会となっていた。


シチリアの青い海

 シチリア島を説明するのに、イタリア半島を足に例えて「蹴り上げた小石」という人がいる。サッカー好きのイタリア国民に敬意を表するなら、「蹴り上げたサッカーボール」の方が適切かもしれない。いずれにしても、シチリア島は、地中海に浮かぶ、温暖な気候の島である。そして、実は地中海最大の島でもある。シチリア島は、エトナ火山でも有名である。ヨーロッパでもっとも活発な活火山で、この学会が終わった直後にもまた大きな噴火を起こしている。海と山、遺跡や食事と、観光資源に事欠かないこの島は、最近では日本人の観光客にも人気の場所となりつつあるようである。

 パレルモは、シチリア島の西側にある、シチリア島最大の都市である。人口は90万人を数え、イタリア南部でもナポリに次ぐ大都会である。しかし、ほとんどの人は、「パレルモ」と聞いた瞬間に、「マフィア」という言葉が浮かぶであろう。8年前には、マフィア退治の急先鋒であったファルコーネ判事が、空港から町へ向かう高速道路上で爆殺された。私たちが夜中に突っ走った、同じ高速道路上に爆弾を仕掛けられていたのだ。シチリアのまぶしい太陽は、あの「ゴッド・ファーザー」に出てくるまぶしい太陽でもある。もちろん、今回の旅行中、そんなマフィアの影などはこれっぽっちも見られなかった。それどこか、シチリアの人々の素朴な人柄を、ことさらに感じることが多かったことを申し添えておこう。

 学会会場は、このパレルモから東に25kmほど走ったところにある、ザガレラ・ホテル(Zagarella Hotel and Sea Palace)というリゾートホテルである。ホテルは、海に突き出した半島の突端近くにある。プライベートビーチに、2つのプールを持ち、しかもその1つはビーチサイドにある。

 翌日の日曜日。遅く起き出した私は、学会の登録を済ませると、そのまま海辺へ向かって歩いてみた。6月にもなると、シチリアは温暖というレベルを超えて、暑さが身にしみる季節となる。太陽の光は、上からの圧力を感じるくらい、強く差し込んできている。プールサイドを抜けると、小さな小屋がいくつも並んでいる。家族連れで泊まるためのバンガローだと思う。急な崖にしつらえられた階段をおりると、今度は海辺のプールがみえてくる。そしてその先には、これまで見たこともないような、青い海が広がっている。日本の海では見たこともないような青。まさしく「地中海の青」(メディタリニアン・ブルー)である。その青に引き込まれるように、プールを横切って海岸へと下りてみる。潮の香りが全身を包み込む。穏やかな波が、小さな岩だらけの磯に打ち寄せている。遠くには、ちょっとした砂浜で遊ぶ、家族連れの海水浴客の姿も見える。かと思うと、ビーチパラソルの下で、のんびりと寝そべりながら本を読んでいるご婦人もおいでだ。多分宿泊客だろう。ゆっくりとした時間が流れている。風と波だけが動いていて、太陽も磯も、スローモーションのようにまったく動かない。このまま自分も動かなくなってしまうかと、錯覚してしまうようなひとときであった。