アリヴェデルチ・セレス (セレスでまた会おう) 前 編

-小惑星発見200周年記念学会「Asteroids 2001」顛末記2-
寺薗 淳也 (日本宇宙フォーラム)




議論開始

 導入が長くなりすぎた。少しペースを上げて、本題のAsteroids 2001に移ろう。学会会場は、ホテルの脇にある会議場である。これまたイタリアの習慣のようなのだが、冷房がおそろしく効かせてある。どちらかというと私は暑がりなのだが、このときばかりは上着を取りにホテルの部屋まで戻るありさまであった。

 学会は月曜日から金曜日まで、みっちりとセッションが詰まっている。基本的には朝9時から夜6時半まで学会のセッションがある。しかもこれで終わりではなく、火曜日と木曜日は、午後6時半から8時半まではポスターセッションが開かれている。水曜日の午後はあとで触れる遺跡見学のためお休みである。それにしても非常に密度の濃い学会である。

 学会はまず、主催者からのあいさつで始まった。まず、現地、パレルモ地域の首長さんとおぼしき人物が挨拶に立ったのであるが、この方、イタリア語で延々と5分以上にわたってスピーチを挙行して下さり、私も最後は何だかよくわからずに終わったら拍手をしていた。ひとしきり開会のあいさつが終わると、さっそく議論開始である。

 このAsteroids 2001は、全部で9つのセッションに分かれている。それぞれは以下の通りである。

1. History
   小惑星の歴史
2. Ground-based Observations: Techniques and Report of results
   地上観測: 技術、及び結果報告
3. Space-based Observations
   宇宙からの小惑星観測
4. Dynamical structure and origin
   力学的な構造と小惑星の起源
5. Composition and physical structure
   小惑星の組成と物理的な構造
6. Asteroid families and collisional processes
   小惑星の族と衝突過程
7. Interrelationships with inner SS objects: Near-earth objects, meteorites,
meteor streams
   太陽系内側の小天体との相互関係: 地球近傍天体、隕石、流星雨
8. Interrelationships with outer objects: Trojans Centaurs,
Edgeworth-Kuiper objects, Comets
   太陽系外側の小天体との相互関係: トロヤ群、カイパーベルト天体、彗星
9. The future of asteroids
   小惑星の将来

 こういうふうに、小惑星という大きなテーマで、力学や地質、理論計算から観測関係者までが一同に揃うという学会はたいへん珍しい。まさにピアッジのなせる業であろうか。5日間かけて、この9セッションを次々にこなしていくことになる。

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<写真.2>セッションの様子
会場が暗いので、写真が見えにくいかもしれませんが...


 こう聞くと、結構ハードスケジュールと思われるであろう。確かに、朝9時から夜6時近くまで、毎日セッションがびっしり詰まっている。ただ、学会の日程は結構ゆとりをもって組まれている。1時間強のセッションの後には、30分ものコーヒーブレイクがある。このコーヒーブレイクがまたしゃれていて、場所がホテルの前庭のプールサイドなのだ。宿泊者がプールで泳いでいたり、音楽をかけながら踊っている人たちの前で、研究者がセッションの続きの議論をしたり、旧交を温めたりしている。本当におしゃれな学会である。どうも学会というと、ぎっしりつまった講演をひたすら聞きまくるというイメージが強かった自分にとっては、学会でリラックスしながら議論をしたり講演を聞けるというのはたいへんうれしいことであった。

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<写真.3>プールサイドでのコーヒーブレイク
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<写真.4>お昼もまた、プールサイドである
お昼休みは13時〜15時。2時間かけて、ゆっくりと昼の時間が過ぎていく。

パレルモ天文台へ

 冷房が利きすぎた学会会場で1日閉じ込められてセッションを聞いているというのは、ストレスがたまるものである。それは自分だけではないようで、学会2日目の火曜日にもなると、ちらほらと会場に空席が目立つようになってくる。もちろん学会側もそれは十分承知しているようで、いろいろなオプショナルツアーを用意している。中でも、小惑星を発見したパレルモ天文台へのツアーは、かなりの人気がある。せっかくパレルモまで来たのであるから、ここに行かないわけにはいかない。というわけで、私も火曜日の午後、矢野創氏(宇宙研。彼も元JSGAの理事である)たちと出かけてみることにした。

 マイクロバスに揺られて、パレルモの街へと向かう。南側には、どこで途切れるのかと思うくらい、延々と断崖が続いている。その下には、崖に張りつくように家が建ち並んでいる。その家の密度がだんだん高くなり、さらに車の密度と、クラクションの騒音が増えはじめると、パレルモの街が近づいてきたサインである。パレルモ天文台は、私も意外だったのだが、街中にあった。パレルモでも一番の観光地、ノルマン宮殿(Palazzo dei Normanni)の一角に位置している。この「ノルマン」宮殿という名前自体が既に、パレルモ、ひいてはシチリアが置かれた歴史の複雑さを表している。古来より、ギリシャ、ローマ、ノルマン、イスラムの人々が、あるときは戦争を仕掛け、あるときは交易で訪れ、そのたびにその文化が入り交じっていった。シチリアが、他のイタリアの地域と全く異なっているのは、こういう複雑な歴史と、それが産み出した、1つのカテゴリーにまとめがたい文化のせいなのだろう。

 さて、このノルマン宮殿はもともとイスラムの建物として建てられ、それを12世紀に礼拝堂として作り直したという、由緒ある建物である。現在は州議会議事堂として使われている。ガイドに案内されて、建物の4階へ向かう。ここは、観光客がまず入り込めないエリアである。扉を抜けると、入り組んだ細い階段を上ることになる。上り切ったところには図書スペースがある。ここで、見慣れたIcarusなどの天文雑誌があり、ここではじめて、この空間が我々と同じ領域の人々のためのスペースであることが確認できる。さらに狭い執務スペースを抜けていくと、階段を上り切ったところに、この学会のシンボルともなっている、ピアッジの肖像画が掛けられている。最上階のスペースに、ピアッジがセレスを発見した、まさにその望遠鏡が保存されていた。望遠鏡自体はていねいに修復されていた。現在では観測はできないものの、保存状態がたいへんよい。

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<写真.5>ピアジが1801年、小惑星を発見するために使用した望遠鏡
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<写真.6>スキャバレリの火星儀
ガラスケースの中に大切に所蔵されている。

 この望遠鏡で、彼は世界で初めての小惑星を発見したのだ。そう思うと、この空間だけが突如200年分タイムスリップしてしまったような気持ちに襲われる。天文台は、19世紀に観測に活躍した望遠鏡を、他にも大切に保存している。本当につい昨日まで観測をしていたかのように、鏡筒が空を向き、黒光りした架台が望遠鏡をしっかりと支えている。

 3つ目の望遠鏡を案内されていたとき、我々の目に1つの奇妙な地球儀が止まった。いや、地球儀のようにみえたのは、ゆるく塗りわけられた海と陸の領域が、その球面に描かれていたからである。いや、それにしてもこれは地球の海と陸のどの地域にも似ていない。我々がいぶかしがっていると、天文台の方が説明してくれた。「これは、1870年ごろの、スキャパレリの火星スケッチをもとにした火星儀です。」

 スキャパレリといえば、火星の運河をめぐる話題の発端を作った、有名な天文学者である。そう、かれはミラノ天文台---北の方ではあるが---で観測していていたときに、この火星の奇妙な模様を見いだしていたのである。小惑星、火星。私たちにとって歴史でしかなかったものが、物としてどんどん現実化されていく。私は、目の前にあるものの意義を感じ取るだけで精一杯であった。

 最上階から小さな扉を抜けると、屋上に出られる。ここからは、パレルモの市街が一望できるのだ。目の前に広がる街、低い建物の向こうには、青い海が広がっている。まるで小さな秘密のテーマパークを駆け足で回ってきたかのようであった。これまた突然、200年の時を飛び越えて、下から響いてくる現代の車とオートバイの喧騒の世界に、またいつの間にか戻っていた。