アリヴェデルチ・セレス (セレスでまた会おう)後 編

−小惑星発見200周年記念学会「Asteroids 2001」顛末記 −
寺薗 淳也 (日本宇宙フォーラム)



 セジェスタ遺跡へ

 水曜日は、朝から学会全体が、なにかうきうきとした気持ちに包まれているように感じられた。
 この日は、セッションは午前中で終わりで、午後は近くの、セジェスタという遺跡への観光ツアーが組まれているのである。おそらく、このツアーに出発するためにホテルのロビーに集まった人数は、この学会史上最高を数えたのではないだろうか。
 そのにぎわいと、例によってのイタリア式誘導により、観光旅行は30分遅れでの出発となった。出席者を適当に詰め込んだ観光バスは、パレルモの市街を抜け、さらに西へと走っていく。次第に家は減り、周りはひたすら、ぶどうと小麦の畑になっていく。
 しかし、それにしてもバスはずいぶんな距離を走っているようにみえる。あとで調べてみたら、セジェスタ遺跡は、ホテルからは70kmくらいも離れたところに位置していた。東京の学会で富士山観光をするようなものである…そう考えれば、まぁ大した距離ではないかもしれない。
 高速道路のジャンクションで本道と別れ、セジェスタと書かれた標識の方へ通れていく。長いトンネルを抜けたところでインターを下り、細い急坂をちょっとだけ登っていくと、突然目の前に狭い駐車スペースが広がっている。ここが、セジェスタ遺跡の入り口である。

 さて、セジェスタ遺跡は、山の上に広がる広大な遺跡である。ギリシャ時代にまで遡るという街の歴史は、その後この地にやってきた様々な民族(ローマ、イスラムなど)の文化をその街の中に受け継ぎ、結果として、ギリシャとローマとオリエント文化が交じりあった、一種独特の文化を作り出している。
 …と、前口上はこのくらいにして、早速遺跡探訪記に入ろう。この遺跡は山の上にあり、そこまでは観光バスが入ることができない。そのため、我々は小山の上まで、ちょっとしたハイキングをしなければならなくなってしまった。
 もちろんハイキング自体は、ワインとパスタと運動不足で肥大化を続けている体重に対しては非常に効果的かつ速攻的な対策ではあったのだが、運動不足はこういうときにてき面にたたってくる。遺跡までまだ半分の道のりあたりで、そろそろ息が切れはじめてくるという、我ながら情けない状態であった。
 ちょうどその息が切れかけたところで、後ろを振り返ると、眼下にはギリシャ時代の神殿の跡がみえてくる。この神殿の跡は、神殿を完成させることなく放棄されたという変わった歴史を持っていると、あとで聞かされた。
 さらに道を登っていく。最初は一団となって動いていた学会参加者も、この段階では細長く延びた一団となっている。日ごろ、あるいはここ1、2日の不摂生がたたったのだろうか。
 山頂に辿り着くと、そこがセジェスタ遺跡の本体であった。既に、現地の考古学研究所の所長さんが待っていてくれた。なんとも、素晴らしい解説者をつけてくれたものである。この遺跡についての解説を一通りしてもらい、それから順番に、遺跡をめぐることになった。なにしろ300人の大集団である。いっぺんに行けるほど、広い遺跡ではないらしい。
 私たちは、かなりあとになってから遺跡の中に入った。もうこうなると、学会参加者というより、ただの観光客である。写真を撮ったり撮られたり、遺稿の中をのぞいてみたり、しばし、千何百年前、ここが都市であった頃に戻って歩いているような気分であった。
 遺跡の山頂から振り返ると、畑の中に、現代の巨大な建造物である、さっき走ってきた高速道路が延びている。大きな橋で谷をまたいでいて、非常に立派な作りである。勝手な想像なのだが、これも公共工事の一環なのだろうか。イタリア南部はそれでなくても貧しい。シチリアもその例外ではない。日本と同じような構図がイタリアにも存在するのだろうか…遺跡に来たはずなのに、なぜかいきなり現代政治の問題に、気持ちが飛んでしまっていた。

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<写真8>ポスターセッション会議にて。
寺園と自分のポスター(赤い台紙)。実はパソコンで、
「アステロイドキャッチャー」を実演中。
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<写真9>洞同じく。
すぐ隣にポスターを構える、吉川副理事長とポスター。

小惑星10001「パレルモ」

 学会も4日目の午後となってくると、やはり連日の疲れが響いてくる。どのセッションも面白そうで、興味を引かれるのであるが、その興味は体力の消耗につながる。おまけに、ポスターセッションやらパーティやら何やらが、慣れない日常に目白押しになってくるのだ。
 昼近くなると、さすがにどこかの講演の合間に休息を取らないと、気持ちを集中させるのが難しくなってくる。…そう思っていると、別の参加者から「今日の昼休み前に、セレモニーがあるらしいよ」と聞かされた。
 時間を見越して会場に戻ってみると、午前中最後のセッションが終わってから、会場の上には人が集まり始めた。どうやら、本当にセレモニーが始まるらしい。
 このセレモニーは、実は小惑星発見200周年を記念して、小惑星10001番に「パレルモ」(Palermo)という名前を授与するための式らしい。この10001番は、「そのとき」のためにとってあったようだ(何しろ、もっと大きな番号の小惑星にも、もう名前がついているのだから)。
 まず、この小惑星の発見者であるクリミア天文台の観測者から、発見当時の状況についての説明がある。その後、台長さんとおぼしき方があいさつされたのであるが、これが全てロシア語で、いったい誰が何のあいさつをしたのか、私もさっぱりわからなかった。最後に、パレルモの広域を統括する首長さんと思われる方が壇上に上がり、記念の証書を受け取っていた。
 かくして、最初に小惑星を発見した街の名前が、永遠に夜空を回ることとなったわけッである。
<つづき⇒>