日本への想いをさらに深めてくれた「しし座流晴雨」-2



 10月の後半にはJSGA主催の国際会議が岡山県倉敷市で開かれました。日本や外国の多くの研究者と会うことができるすばらしい機会です。幸いなことに私はその会議で発表をする予定になっていなかったので、会議の後に始まる講演ツアーの準備をする時間も十分とることができました。ただ会議の最後に開かれた岡山市での公開講演会でピンチヒッターを務めることになりました。予定していた国際小惑星センターのマースデン博士が、9月にニューヨークで起こったテロ事件のために来日できなくなったのです。とにかくその講演の準備が終わったのは前日の真夜中でした。しかし吉川さんが準備を手伝ってくれたおかげで、思ったよりも立派な準備ができました。

 いよいよ流星嵐のときが近づいてきました。11月は1日が東京、2日が宮城県古川市、そして4日がまた岡山市に戻るという、長い汽車の旅でスタートしました。しかし、新幹線は速く、快適でした。最初は東京、駿台学園でしたが、学園の瀬尾先生に大変お世話になりました。特に駿台学園がアイルランドに持つ国際スクールの話には興味を持ちました。そこは私の属しているアーマー天文台からそれほど遠くないところにあるからです。次の日は宮城県古川市の大崎生涯学習センターでの講演会でした。東亜天文学会の企画で、一般への天文学普及のために毎年開いている講演会の一環ということでした。1996年から知り合いの藪さんをはじめ多くの方にお世話になりました。さてその翌日は宮城県から岡山県まで、新幹線を乗り継いでいっきに南下しました。4日の岡山での講演会に備えるためです。このようなハードな旅も、快適な新幹線と窓越しに展開する美しい風景が十分にいやしてくれました。日曜日の岡山での講演会は、美星天文台の綾仁さんの通訳で快適に行うことができました。

 そして次の週末、最後の講演会を行うために再び東京に出てきました。10日の土曜日は杉並区立科学教育センターが会場でした。このセンターの伊藤さんには、夏の会合でお目にかかって以来合うのを楽しみにしていました。ここでは講演会後の集まりも楽しいものでした。集まったのは初対面の方が多かったのですが、食べて、飲んで、おしゃべりをして、笑って・・・、時の経つのを忘れました。そして6月にスタートした講演ツアーの最後は横浜こども科学館です。このすばらしい科学館でツアーの締めくくりができたのは幸いでした。以前から私は日本がとても好きでしたが、今回の講演ツアーで訪れた町でも暖かい歓迎を受け、心から感激しました。

 講演会が終わり、いよいよ流星群を見るときが近づいてきました。この流星群を月の光に邪魔されずに見られることがわかったとき、私は、2001しし座流星群の観測地として日本が世界中で一番良い場所であることを確信しました。そしてこの機会を泉 潔、あけみ夫妻と共有できたらと心から思いました。日本流星研究会で最初にお会いしてから、私たちは本当に良い友達になりました。2年ほど前に、潔さん、あけみさん、それに後藤悦子さんと一緒に1日を過ごしたことがありました。日本での2001流星嵐を話題にしていて、その時またこのメンバーで一緒に会えたらいいね、という話になりました。だから2001年10月18日、私は本当に幸せでした。その三人の日本の友人、そして私自身にとっても最も大切な友人と、群馬の素晴らしい観測地で、誰にも邪魔されることなく再会できたのです。

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講演会に出席された方々との楽しい飲み会

 真夜中前、予定した観測地に到着した直後、沢山の非常に長い流星が見られました。それは流星が極端に浅い角度で大気圏に入ってきているために起こる現象です。しし座流星群の放射点がまだ地平線上に上ってきていないのです。という理屈はわかっていたのですが、流星観測の経験が浅い私にとっては、こんなに長い流星を見るのは初めてでした。やがてしし座が高く上るにつれ、そして彗星の放出した粒子流れの高濃度部分に地球が向かうにしたがって、流星の数がだんだんと多くなってきました。だんだん興奮が高まってきます。実は、壮観な流星嵐を前にして、だんだん増えていく流星の数に興奮を憶えながら夜空を見上げるという経験は、これが私にとって二回目になります。最初は1999年のしし座流星群を、ヨルダン天文学会の主催する会合に出席していて、ヨルダンの砂漠の中で見たときでした。

 さてはじめは一つの流星が次々に飛び交うだけです。しかし流星雨のピーク時には二つ、三つ、四つ、さらに多くの流星が同時に現れ、それらの美しい光跡が、しし座の中にあって、すべての流星を生み出している放射点の存在を際立たせるのです。大変に寒い夜でしたが、暖かく、心地よい寝袋に入って仰向けに寝ころんだ私たちの上には、幸運にも見事に晴れ上がった広大な夜空が広がっていました。日本における2001しし座流星雨の観測はまさに完璧でした。

 流星雨の直後、美星に戻って24時間も経たないうちに、スペースガードセンターの同僚である浅見さんが、C/2001 W2(BATTeRS彗星と命名された)を発見しました。今年は本当に忘れられない年になりました。それにしても、今回の講演ツアーでは、実に多くの方にお目にかかり、大変にお世話になりました。それぞれの方にお礼を述べたいのですが、紙数がとてもたりません。今、あらためてなつかしく思い出しています。ツアーを通して見た美しい日本は忘れることはないでしょう。しかし、それを本当に忘れがたいものにしてくれたのは、各地で出会った素晴らしい人たちでした。
(日本語訳 松島 弘一)
 [訳者註]アッシャーさんの原稿の日本語訳を作るにあたって、アッシャーさんの了解を得て、順序や記述に関してかなり変更させて頂きました。従ってもし誤解を招くような箇所があるとすれば、その責任の大半は訳者にあることをお断りさせていただきます。