前回はコーヒーを飲みながら、科学探査ミッションを遂行する上での根本的な問 題?に関わる話題を披露していただきました。ところで、あんな上等のコーヒーを 飲んでいるのだろうか、という疑問が読者から呈されましたが、あの選定は、イン スタントに粉ミルクではあれほど高尚な議論をできるわけがない、という編集室の 一致した推測の結果であります。今回も引続いて日本の宇宙開発体制や方針の根幹 に関わるお話を上等の紅茶とともにどうぞ。 

まずロイヤルミルクティーから

 前回は、多くの小中学生は小惑星のことを知らないと書きました。しかし、それ も当然のことなのかもしれません。自分が知っていることをみんな知っているよう に錯覚してしまう場合があるのでしょう。ですから、宇宙研(宇宙科学研究所)の こと、宇宙研の検討している小惑星探査のことで私が知っていることが案外他の方 々は知らなかったり、あるいは、私の知っているつもりのことが私の思い違いだっ たりするかもしれません。ですから、この場を借りて私の知っている(知ったつも りになっている)話をし、ご意見などを聞ければと思います。

 私は、野球が好きで、町内会のおじさん達と日曜の早朝ソフトボールをしたりし ています。このおじさん達の中にも新らしもの好き、宇宙好きの方々がいて、私が うっかり(?)宇宙研で研究してます、などと言って以来いろいろなことをいわれ ます。「金星は灼熱の地獄なんでしょう?火星は大気の薄い極寒の地なんだよね。 地球だけが人間が生きれるんだ。地球を大事にしなければだめだ。」と持論をとう とうと述べてくださる方がいたり、「人類は宇宙に出て行くべきだ」とまるで天文 少年のように目をきらきらさせながら語る方がいて、自分はすごく面白いことを研 究しているんだなあ、などと改めて思わせていただけます。

 しかし、どうしても間違いを指摘訂正したくなることがあります。それは、宇宙 研と宇宙開発事業団とを混同される時です。H2ロケットの打ち上げ延期、きく6 号のトラブルについては、やはり、おじさん達は興味津々でした。「ずっと種子島 にいってたの?」「大変だったね」「はじめはしかたがないよ。これからがんばれ よ」というひともいれば、「何百億円も無駄にすると、命狙われるよ」とこわがら せてくれるおじさんもいたりしました。「宇宙研のロケットは大隅半島の内之浦か ら発射されるんで・・・」「自分はH2と関係ないんです。」「あれらは宇宙開発 事業団という科学技術庁が管轄している機関が打ち上げたんで、私のいる宇宙研は 文部省の機関で、、」「宇宙研の予算は事業団の予算の1割以下だけど、ロケット の打ち上げはほとんど失敗したことなくて、、、」などと、説明していました。し かし、ほとんどのおじさん達は私のいっていることなんかまったく聞いていないみ たいで何度も同じようにいわれるので、いけないなあと思いながらも今では適当に 流すこともおぼえました。「今度の失敗は残念だったね」、(あれはすべてが失敗 なんじゃないよ、試験衛星なんだから、と思いながらも)「ええ、どうもご期待に 添えなくて」などと事業団がするべきような答えかたをして、自分ながら苦笑して います。

 もうちょっと知った方になると、「何で宇宙開発事業団のロケットを宇宙研は使 わないんだ」「宇宙研と事業団はなぜ一緒にならないんだ。」と聞いて来ます。そ ういったことは、私のような木っ端学生に分かろうはずもなく、むしろこっちが聞 きたいくらいです。法律の問題だとか、宇宙研の歴史的経緯のためだとか、はて は、役所の縄張り根性だ、という話も聞きます。宇宙研の理学の先生達は使える もんなら、H2を使いたいと思っているのではないでしょうか。先日、後輩達の就 職活動に便乗して、つくばの事業団を訪問しましたが、そこに展示されていた衛星 の大きさにショックを受けました。で、でかい、、、。それに比べると宇宙研の人 工衛星のなんともかわいらしいこと。宇宙研では、gのオーダーで搭載科学機器の 重量をつめていくという涙ぐましい努力が必要とされます。そして、宇宙研の今開 発を進めているM−VロケットでもH2の3分の1の打ち上げ能力です。こうした 現状からいって大きな人工衛星を上げられるH2を使いたいというのは、宇宙研の 先生方にとっては当たり前のはずです。

 ただ、宇宙開発事業団との協力について、問題点を指摘する声もあります。宇宙 研の中で理学と工学は緊密な協力関係にあります。衛星の設計変更など、先生方の 協議で迅速になされたりすると聞きます。これが、様々な省庁間での協議となると そうはいくだろうか、やれ責任はどこだとか、連絡事項は形式を決めた文書で回せ とか、いろいろ面倒になるのでは、と懸念する声があります。実際の例として、宇 宙開発事業団、宇宙研、NASA、等が共同で行おうとしているSFU計画がありま す。この計画では、その事務連絡だけでも大変だそうで、ある人など、もうSFU はこりごりだ、とこぼしていました。一機あたりの打ち上げ能力は小さくても回数 を稼げる宇宙研の方が魅力である場合があるでしょう。また、大きなものを作った 場合、失敗したら取り返しがつかない、という考えもあるでしょう。NASAは、まさ にその反省にたって、small ミッションを目指しているわけです。宇宙開発事業団 と宇宙研の統合を科学の点から懸念する人もいます。今は、実用衛星打ち上げ機関 と科学衛星打ち上げ機関と明確に色分けされていますが、統合されると、同じ機関 内での予算の取り合いとなるわけです。そうなると科学衛星関係の予算は増えるの でしょうか、それとも逆に・・・。

 様々な声がある中、先頃開かれた宇宙開発委員会の長期ビジョン懇談会から、今 後、宇宙研と宇宙開発事業団が協力していくよう提言されたようです。今後、宇宙 研と宇宙開発事業団の位置づけや役割は大きく変わっていくのかも知れません。そ して、案外、なんとか懇談会とか、なんとか委員会のエライ人たちの鶴の一声でも のが決まったりするのかも知れません。もし、そうなら、そういう方たちのしっか りした舵取りを期待したいものです。



ダージリンティーでおかわり

 NASAは予算縮小の空気もあって、smallミッションへの方向を検討しつつありま す。smallミッションで確実にそして回数を多く、というのは宇宙研的であり、宇宙 研のこれまでのやり方が今認められるようになったと満足をおぼえられる先生も中 にはいるようです。

 実際、人工衛星によるミッションはかなりの苦労があります。特に予算の少ない 日本では各研究者にかかる負担は大きなものです。たとえば宇宙研のスタッフは一 旦探査計画に組み込まれると観測機器の開発に追われじっくり研究、あるいは勉強 している暇がなかなかないというのが実状のようです。少しでも開発の遅れがある と打ち上げ時期との関係で半年、一年あるいはたとえば火星の場合であったら二 年、ミッション全体が遅れてしまいます。そういう精神的にかなりのプレッシャー を負う必要があります。データが取れるまで何年もかかります。そのあいだ論文が ほとんど書けないわけです。また衛星が打ち上がったら上がったで今度は運用に追 われます。このように、一つのミッションはそこに参加する研究者の人生の多くを 犠牲にしかねないのです。ですからsmallミッションによって、できるだけ、データ の取得までを短くし一つのミッションに携わる人たちの負担を軽減するということ は重要だとおもいます。

 しかしながら、そういったことを分かった上で言うのですがやはり日本としてこ れまで以上の大きなミッションをやるべきだと主張したいと思います。小さなミッ ションはそれはそれで一部の専門家を満足させるデータをより短期間にもたらすで しょう。しかし、それは、相互補完的なデータの欠如を生んだり、重要な観測や測 定でも機器の重量制限から許されなかったりするかもしれません。更にいうなら、 限られた重量の中でギャンブル的な観測実験の切り捨てが行われたりする可能性が 高くなるかと思います。それでは、あまりにも夢がないのではないでしょうか。惑 星探査は探検の時代から調査の時代になったとある先生はおっしゃっています。確 かに調査は科学の基本かも知れません。しかし、科学のもうひとつの重要なファク ターに夢があるのではないでしょうか。探検には夢があります。もう惑星探査に探 検の素地はないとするとそれは夢がないことを意味するのでしょうか。小さな探査 機で調査ばかりしていては夢がなくなってしまうような気がして悲しいのです が・・・。現在、惑星を研究している先生達の中にも、アポロやヴァイキング、或 いはヴォエジャーによって夢が与えられ、惑星科学の道を選んだ方が多いと思いま す。

(宇宙科学研究所)