今日は我々太陽系の仲間の中でも、あすてろいどと同様に興味深い天体、彗星、その力 学的な側面についての話です。一口に彗星と言いましても、明るいもの暗いもの、周期の 短いもの長いもの、軌道の細長いもの丸いものと様々です。私たちに馴染み深いハレー彗 星は周期76年で一生の間に何回か(?)見られるわけですが、実は見つかっている彗星 の多くは周期が数百万年と非常に長く、二度と見られぬ彗星なのです。実際そういった彗 星の約半数は、木星や土星の重力の影響で太陽系から放出されてしまいます。あすてろい ど10号にもSL9彗星の軌道変化の様子が詳しく書かれてありましたが、力学的な観点 からみただけでも彗星は非常に興味深い天体です。

オールトの彗星雲

図1は1994年迄に発見された長周期彗星のエネルギー分布です。彗星の軌道長半径を aとしますと、彗星の全エネルギーは-1/aと表せ、長半径から直ちに計算できます。図から 発見された長周期 彗星の多くは長半 径が大きく( 10000 AU 以上) 太陽系に非常に弱 く束縛されている ことがわかりま す。このような彗 星の軌道は双曲線 軌道に近いことか らNP(Near Parabolic)彗星と呼 ばれています。彗 星の周期は長半径 の1.5乗(年)です から、これらの彗 星は百万年以上か かって太陽を一周 するわけです。一 方、短周期彗星(周期200年以下)は1994年までに約160個発見されています。 人類の短い観測史から考えて、周期200年以下の彗星の1.4倍も周期100万年以上 のNP彗星が観測されているということは、実は太陽系には膨大な数のNP彗星が存在して いると考えられます。NP彗星は近日点の近くでは高速で運動しますが、遠日点付近では 非常にゆっくりと動くためその殆どの時間を太陽から離れた所で過ごします。従って太陽 系を遠くから眺めると、太陽があたかも彗星の雲におおわれているように見えると考えら れます。観測データから初めてこのような仮説を提唱したオールトという人の名をとっ て、この彗星の雲はオールト雲と呼ばれています。オールトは雲の中の彗星の数を約10 11個と見積もっていました。

惑星による彗星の放出

彗星はいつも輝いているわけではありません。太陽に近づいたほんの一瞬だけその美しい 姿を見せるのです。発見された彗星の近日点距離はほとんどが5AU以下です。つまり、 それ以上大きい近日点距離の彗星はたとえ存在していたとしても観測出来ないのです。一 方、可視彗星は5AU以上太陽に近づきます。5AUというのは丁度木星の軌道半径にあた るため、木星の重力の影響を強く受けます。NP彗星は太陽系に弱く束縛されているため 容易に軌道長半径が変化し、約半数は太陽系から放出され、残りの半数は周期が短くなり ます。従って、周回を繰り返すたびに彗星は失われることとなります。惑星摂動の大きさ は惑星の質量、彗星との位置関係によって異なりますが、標準偏差はσ[δ(1/a)] =1/1500 (AU-1)と計算されています。図2に可視彗星と不可視彗星、惑星領域の関係を図示しま す。近日点が土星よりも遠い場合に は惑星摂動の大きさは急激に小さく なるので、ここでは10AU以内を惑 星領域としています。シミュレー ションによれば、約600万年で彗 星の90%は失われることとなりま す。これは太陽系の年齢46億年に 比べると驚くほど短く、現在でもま だ彗星が発見されているということ は、彗星を供給する何らかのメカニ ズムが存在することを意味していま す。

恒星摂動と銀河摂動

オールトは、太陽系の近くを通過す る恒星が彗星の近日点距離を変化さ せると考えました。太陽系近傍の恒 星の密度から、約100万年に一回 半径8万AUの球の中に一個の恒星が 入ってくると試算されます。例えば長半径2万AUの彗星の遠日点距離は約4万AU、周期 は280万年ですから、一周回あたり2、3回摂動を受けることになります。図3に恒星 摂動の概念図を示します。これは、太陽に作用する恒星の引力と彗星に作用する引力が異 なることによって生じる摂動です。

オールトの理論は1950年の発表以来多くの 研究者に支持されてきましたが、ここ10 年ほどの間に新たな理論が提唱され、必ず しもそのままでは受け入れられなくなりま した。私たちの銀河系は銀河中心の回りに 周期約2億年で周回していると同時に銀河 の中心面に対して周期約6000万年で上下運 動しています。ソ連のチェボターレフは銀 河中心の引力が彗星の軌道を変化させると 考えましたが、計算結果は長半径が10万 AU位でなければ近日点は有効に変化しない ことがわかりました。カナダのバイルは銀 河中心の引力よりも銀河面の引力の方が約 10倍も大きいことに目を付け、計算をや り直しました。その結果、近日点距離が大 きく変化することがわかりました。図4に 銀河摂動の概念図を示します。

表1は恒星摂動及び銀河摂動による近日点 距離の変化を示しています。明らかに銀河 摂動の効果の方が大きいことがわかりま す。実は恒星摂動では、長半径40000AU近 くの彗星の供給は説明できても20000- 30000AU程度の彗星の供給は説明できなかったのです。それらの彗星の近日点距離の変化 量は小さいため、可視彗星になるためには多くの周回数を必要とするのですが、その間に 殆どの彗星は惑星摂動によって放出されてしまうからです。

銀河摂動による彗星の供給

図5はシミュレーションによる近日点距離と軌道長半径の変化を示しています。横軸は時 間で、左の縦軸が長半径、右の縦軸が近日点距離を示しています。長半径を示す点線が ジャンプしている箇所がありますが、これは丁度惑星領域を通過した時点を示していま す。(a)は近日点距離の初期値が30AU、長半径の初期値が30000AUで、遠日点からシミュ レーションを開始して、4周目に可視彗 星となったことを示しています。(b),(c)も 同様です。ここで注意することは、長半 径も惑星摂動の影響で変化していること です。図6は様々な長半径の初期値を 持った彗星が半周の間に可視彗星となる 確率を示しています。半径30000 AUに ピークがあることがわかります。これ は、彗星が惑星摂動を受けながら長半径 を変化させたとき、30000 AUとなった彗 星が可視彗星になりやすいことを示して います。長半径が大きいほど銀河摂動の 大きさが大きいので、半径の大きい彗星 の方が可視になりやすいと思われます が、実は近日点距離の変化が大きすぎる と太陽に近づく前に最小値になり、最接 近したときには再び近日点距離が大きく なってしまうのです。すなわち、銀河摂動は供給と同時に損失させる作用もあるというこ とです。さて、図6は観測された彗星のの長半径分布とよく合っています。恒星摂動では 説明できなかった30000 AU 近くでのピークを銀河摂動と惑星摂動による供給及び損失の メカニズムによって見事に再現できたわけです。

おわりに

オールト雲の彗星のエネルギー分布(長半径の分布)は銀河摂動と惑星摂動によってほぼ 説明できることが分かりました。また、オールト雲を形成する彗星の数は銀河摂動に基づ く計算では1010と見積もられ、オールトの予測より一桁少なくなりました。このよう にオールト雲についてはかなり解明されてきましたが、それだけを彗星の供給源と考える にはまだまだ未解決の問題がたくさん残っています。たとえば、オールト雲の彗星のう ち、惑星によって放出されずに生き残った彗星は短周期彗星になりますが、観測された短 周期彗星の数は予測される彗星の数よりかなり多く、オールト雲以外の供給源が考えられ ています。オールト雲を太陽系内部に拡張したインナーオールト雲、惑星領域の外側に想 定されたカイパーベルトなどです。いずれにせよ彗星をめぐる謎はまだまだ多く、興味の つきないところです。 (航空宇宙技術研究所)