地球に衝突する天体が見つかったらどうするか。運命とあきらめて、その被害が極力 小さくて済むことを祈りながら、座して待つことにするか。人類はそれで滅びるかもし れない。しかし、地球という惑星の長い歴史の中では、人類という一つの生物種が生存 したのも、一瞬の出来事に過ぎない。地球を包む薄い大気層、我々を宇宙の放射線から 守ってくれるそれこそ限りなく薄いオゾン層、微妙な地表の気温のバランスといった、 人類を生存させてくれた環境も、衝突によって大きく破壊されるかもしれない。しかし 地球は我々人間が勝手に想像するように脆いものではない。数百万年という惑星の時間 スケールでは、地球はまもなく同じ環境を再生するかもしれないし、あるいは違った環 境に移っていくかもしれない。そのときにはその環境に適した生物が繁栄することにな ろう。

 このような見方に対して、人類生存を積極的に守っていこうと考える人も多いわけで ある。人類はその発生が奇跡としか考えられない、貴重な生物種である。50億年とも いわれる地球の残りの寿命の中でも、このような生物は二度と現れることはないかもし れない。是が非でもその生存を守らなくてはならない。そのためには全力を尽くすべき である。地球に衝突する天体が見つかったら、その天体を破壊する、いやその軌道を少 し修正して衝突を回避するだけでよい。近い将来、我々がそのような技術を持つことは 十分に可能である。

 この二つはあまりかみ合うことのない議論になりそうである。ただ、いずれの立場を とるにしても、まず必要なことは近い将来、衝突するような天体が現実に存在するかど うかを調べることであろう。ここの主題である月面からのモニタリングも、そのために 行うわけである。その結果地球を取りまく環境についての理解が深まれば、上記のよう な議論の内容も大分違ってくるのではないかと考えられる。

 ところで、このようなNEOのサーベイを実施するとき、我々が暗黙のうちに期待す る結果は、近い将来、地球に衝突する恐れのある天体は存在しない、というものであろ う。実際、これまでに軌道のわかっている小惑星を対象とした研究でも示されているよ うに、相当に高い確率でこのような結論を得ることが予想される。ただ、それがわかっ たからといって、このサーベイは目的を達したというわけでは決してないのである。 

 実は、地球に近づく小惑星というものに我々がどう対処していくかということを考え るとき、最も重要なことは、それらの天体の持っている、人類に対する「資源」として の価値を冷静、かつ積極的に見極めることなのである。いささか説法じみてくるが、一 見災難に見えるものも捉え方によっては新しい飛躍の礎とすることができるというわけ である。そうすれば地球衝突問題も、単なる脅威という認識を超えて、むしろ有効に利 用すべき資源の一つと考ええることもできるのである。したがって小惑星のサーベイは この資源利用としての第一ステップということにもなる。                        

 そこで地球に近づく小惑星の資源としての価値を考えてみる。資源というとどうして も材料とかエネルギーといったことを連想しがちである。しかしもう少し広い意味で資 源というものを考えてみると、それは以下のように物質的資源と、知的資源とでも呼ぶ べきものに分けることができる。

物質的資源としての活用

 地上、あるいは軌道上で必要とする鉱物、材料、水等の補給。地球上での鉱物資源や 化石燃料、またハイテク産業に欠くことの出来ないレアメタルといったものは、近い将 来枯渇することは確実であり、またそれに対処するための太陽発電衛星や宇宙都市のよ うなものは、地球外天体物質の有効活用なしには考えられない。現在の技術文明の延長 線上に我々の将来を位置づけるかぎり、地球外天体資源の活用がその存続、発展の鍵を 握っているといえる。

知的資源としての活用

 太陽系の起源、地球の起源、生命の起源などを考える上で小惑星は非常に重要である ことが認識されてきた。すなわちこれらの天体は科学的な観点からも大きな資源なので ある。それとは別に、これらの天体の中にはいつか地球と大きな衝突をするものがある かもしれない、という「地球への脅威」は、単に人類に「恐怖」や「危機感」といった ものをもたらすだけではない。例えば地球上の人類に連帯感を生み出すとか、人類の将 来の進む方向を地球規模で考えるきっかけを提供するといった、大きな効果も考えられ るわけで、これは人類に対する知的資源として積極的に受け入れるべきものである。

 ここでもう少しこれら地球外天体の資源利用を考察してみる。まず物質的資源として の活用というのは、文字どうり、地上の枯渇資源の補給、あるいは人類が宇宙に進出す る上で必要とする鉱物、材料、水あるいはエネルギー等を、地球外天体から直接補給し ようというものである。この分野は今後様々な可能性を想定することができる。一般に 資源は燃料・電力等のエネルギー資源、素材・化合物等の物質資源、空間・低温・真 空・大気等の環境資源に分けられる。それでは小惑星に期待される資源はとなると、詳 しい議論は省略するがエネルギー資源や、鉱物資源のような物質資源もあり、宇宙観測 基地や中継所等の設置場所という環境資源としても期待できるかも知れない。

 ところでこのような資源利用を図るときに必要なファクターは、資源としての品質と 存在量、及び、運搬と精製にかかるコスト等である。一般に、地球外の宇宙資源が極め てコスト高で、実用性がないとみられているのは、実は資源の産地とそれを実際に使用 する場所の間の輸送という問題に起因している。地球上の遠隔地域の資源開発でも、港 湾設備や道路建設等のインフラ整備が伴わなければ、資源開発には取り掛かることがで きない。同様に宇宙でもある程度のインフラ整備のための投資が先行しなければ、資源 としての開発には取りかかれないわけなのである。

 宇宙インフラは、現状ではロケットのような運搬手段しかなく、極めて高価である。 しかし、宇宙基地や月面基地のような前進基地が設けられ、開発目的が明確になり、運 搬のほとんどを大気と重力の希薄な宇宙空間で済ませるようになれば、逆にコストが低 く押さえられて、十分に地球上の資源開発と競争可能になるでだろう。地球上での開発 は、常に環境と生態系に対する悪影響の危険を孕んでいる。エネルギー開発が生態系か ら切り放された宇宙空間に移行できれば、地球生命への影響も非常に低く抑えることが でき、総合的には全体のコストを下げる効果があると考えられる。

 ところで当面小惑星について問題になるのは、むしろ、前述したような地球衝突の可 能性に対する観測と対策である。そのためには、月面観測基地を含めた観測体制は非常 に有効であり、得られたデータは解析と対策に活用される。一方、観測基地に投入され るインフラの長期にわたる整備を考えたとき、逆に小惑星資源の活用が考えられる。小 惑星が太陽風資源を多く含むなら、エネルギー資源として活用でき、水を多く含むなら 宇宙では希薄な水の供給源になる。水を含む彗星であれば、月面に衝突させて月に大気 圏を生み出す構想もある。窒素等をどこから運ぶのかはともかく、衝突先を地球からそ らせるだけでなく、月面に当てて利用することができれば、衝突回避にかかるコストを 回収する事につながるかもしれない。

 運搬や精錬等のインフラ整備が進んだ段階で、小惑星上の資源回収を図るとすれば、 まず資源探査を精密に実行する必要がある。これは、得られる利得を算出する根拠にな るので、リモートセンシングのような手段ではなく、ローバーによる接地探査や、サン プルリターンを含む精密分析が伴われる必要がある。また、小惑星の開発を図るときの 設計根拠となるため、精密な地形測量も必須である。ある程度の深さまで開発を進める 目的があるなら、その深さまでのボーリングで確認する必要もある。例えば物質回収が 表面だけからでなく、内部からも行うのであれば、深度方向の精密探査が必要である。 また居住空間や基地建設を行うのであれば、少なくとも数m以上の精密深度探査が必要 になると思われる。

 探査が進んで、目的実現のための情報蓄積が進んだ段階で、開発の決断が下される。 始めは宇宙空間で使われる素材の回収か、揮発性物質資源の回収が先行するかもしれな い。また、小惑星の軌道によっては、小惑星環境を利用した宇宙発電所が建設できるだ ろう。更に、小惑星が小さい天体であるというこを利用した宇宙観測基地も建設できる かもしれない。このような、小惑星の物質・エネルギー・環境資源開発の目標と探査項 目を表に示した。

 ところで、地球に接近するような天体が、我々の必要とする資源を持っているのか、 ということはまだ推測の域をでていない。ただ、物質資源としての利用という観点に 立ったとき、これらの天体は最初に取り上げて調査すべきものなのである。静止軌道上 に建設する太陽発電衛星、それはエネルギー問題の切り札にもなりうるし、技術的には 決して不可能ではないが、必要とする膨大な建設資材を地上から持ち上げることだけ は、ほとんど不可能に近い。これらの天体がその材料を提供してくれたら、一気に実現 の展望がひらけてくるのである。しかもこれらの天体は、向こうから我々に近づいてき てくれるというわけで、月とともに最もアクセスが容易な地球外天体なのである。

 一方、知的資源としての活用という表現が必ずしも適切ではないかもしれないが、学 問的、あるいは知的好奇心といった側面から、NEOはきわめて豊富な情報を提供して くれることが期待されている。メインベルト小惑星との関係、彗星あるいは地上で発見 されている隕石との関係、その表面と内部組成、有機物の存在など、その解明は惑星科 学に大きな発展をもたらすであろう。

 それとは別にこれらの天体の持つ「地球への脅威」という特性は、前述したように単 に人類に「恐怖」や「危機感」といったものをもたらすだけではない。生物の進化や人 類の将来に関して、グローバルに、且つ真摯に考えるきっかけをすべての人類に与えて くれるわけである。これは人類に対する文化的資源として積極的に受け入れるべきもの である。

 このように、地球に接近する小天体は我々人類に多様な資源を提供してくれる。した がってもっと積極的にこれらの天体に対する対応を考えていくべきであろう。地球に衝 突する小惑星が発見されたとき、その軌道を少し修正して衝突を回避するという、現在 研究されている防御の技術は、物質資源活用技術の転用と考えることもできるわけであ る。あるいは月や小惑星を含む宇宙空間に人類が活動領域を広げることができるのであ れば、衝突してくる天体に対してもより適切な対処をすることも可能かもしれない。

 いづれにしても、当面重要なことは地球に近づく天体を対象としたシステマティック なサーベイに早く着手すること、そのためには宇宙技術を含め、現在我々が持っている 技術を総動員することである。それが実行できれば、今後これらの天体にどう対処すべ きかということも、より現実的な議論が可能になってくるであろう。

(航空宇宙技術研究所)