地球は閉じた系ではないと言われる。地球の環境は地球自身の活動によって影響を受けるばかりでなく、太陽系空間さらには銀河系空間からも影響を受けている。各種の放射や粒子が地球外層大気に突入し地球周辺環境を変化させる。また、時には小惑星規模の固体が地表にまで突入してくる。これらが人類に直接的間接的な影響を及ぼすことが明らかになってきた。本章ではそれらの月面からのモニタリングがいかに必要で重要であるかを示し、それらのモニタリングのための具体的な提案を行う。

X.2.2 地球衝突小惑星の月面観測へのストラテジー

 小惑星の地球への衝突の可能性はあるが、それが近い将来であるかどうかは判らない。観測体制を整備しているうちに衝突という事もあり得る。10mサイズのものでは全地球的には毎月1個程度落下していることがアメリカのミサイル防衛網の観測によって示されている。幸い地球には大気があり、30mサイズ(鉄質か石質かによってサイズが異なる)程度以下のものは、大気中で減速を受け、運動エネルギーを徐々に解放して地表面に爆発的に衝突する事はない。1996年1月8日に千葉県上空で火球となり、爆発した後に多数の隕石を筑波周辺に降らせたのは直径3m程度の小惑星であった。一方、大きなサイズのものほど衝突確率は小さいので、ここ20年あまりには衝突が幸いにもないと信じて、その間の観測ストラテジーを考えておくべきである。

X.2.2.1 1998年−2008年の地上観測
 地球近傍小惑星の検出のための地上観測体制は徐々に構築されつつある。アメリカ・アリゾナ大学のスペースウォッチ望遠鏡は毎年20個あまりを検出している。1991年に提案されたスペース・ガード計画を若干縮小して、既存の1m級望遠鏡に最適化したCCDを取り付けたシステムでの観測をアメリカ国内の3ヶ所で始めるための基礎準備が行なわれている。
 ヨーロッパでもニース天文台を中心として検出システムの開発が行われている。日本ではまだテスト段階であるが、地球近傍小惑星の検出には欠かす事のできない受光器の scanning 型CCDの開発を行っている。
 地上におけるベスト・サイトで観測を行うと、21等級の地球近傍小惑星の検出が可能で、これは小惑星帯にある直径約1kmの小惑星に相当する明るさである。地上での国際共同観測ネットワーク網が完成すると、10年間に90%を越える1kmサイズ以上の地球近傍小惑星の検出が可能となる。20年では99%、30年ではほぼ100%となる。
 地球近傍小惑星はその生成の過程から考えると、ほとんどのものが小惑星帯から来る。木星による摂動や小惑星同士の衝突などの生成原因が考えられている。地球に近づく時には、地上観測であってももっと半径の小さいものまで検出可能であるが、地球近傍小惑星を全検出するという立場に立つと、小惑星帯に滞在中の方が検出確率が高くなる。
 いずれにしても、日本がこのような国際的観測ネットワークの構築に参加し、専用地上望遠鏡(口径1.0−1.5m)の建設を始める事が必要である。

X.2.2.2 2000年以降の月面観測
 直径1kmから数十mの地球近傍小惑星の全検出には月面天文台における観測は不可欠である。先にも記したように地球に近づいた時には、直径10mクラスのものも、地上からの観測でも検出可能である。しかし、そのような近距離における小惑星の天球上での動きが速いばかりでなく、滞在時間が短いので、単位時間当たりの検出確率は
かなり低い。
 直径100mのものが小惑星帯にあれば、26等級までの検出が必要である。地上からでも26等級の星の観測は可能である。しかし、雑音源としての夜空の背景光が1平方秒角当たり約22等級もあるので、通常1秒角の星像サイズの地上観測では口径1m望遠鏡で約10時間の露出が必要である。小惑星の場合にはこの間に位置を変えてしまうので、検出できない事になる。大気圏外では望遠鏡の回折限界で星像のサイズが決まり、1m望遠鏡では0.1秒角に相当し、その部分に含まれる背景光の割合は1/100に減少する。この事は26等級もの暗い天体に対して100倍効率の良い検出を示している。
 地表まで落下し、大陸規模の災害を引き起こし得る直径数十mより大きい地球近傍小惑星は100万個あるいはもっと多く1000万個と言われている。このような多数の地球近傍小惑星の検出のためには月面の3つの経度位置にそれぞれ10台あまりの望遠鏡を設置して連続観測をしなければならない。このような体制が確立し、直径100m以上のすべての小惑星の軌道を決定するまでには少なくとも50年近い年数が必要であろう。
 50年間の間に小惑星が地球に衝突しなければ幸いである。一方、このような検出が完了するまでに50年もかかるという事は本格的な観測のスタートが数年程度遅れる事が統計的に許される範囲と考えられるかもしれない。
 月面における本格的な光学観測がこれまでに行われた事がないという状況を考慮すると、月面に望遠鏡を1台ずつ順次設置する事が良いであろう。また、それまでのステップとして、人工衛星やスペースステーションへの望遠鏡設置も一つの方法であろうが、将来の本格観測を考慮すると、口径が小さくとも何らかの形で月面望遠鏡をまず設置するべきである。その場合には、開発の易しさを考慮すれば口径20cm程度にするのが適当であろう。
 100mサイズのものでは、衝突確率は高くなる。また、磯部・吉川(1995)によると、太陽から30゜以内の方向から地球に接近する小惑星の割合が40%に近い値になっている。これらは地上で検出されないまま地球に衝突する。
小惑星が地球に近づけば、直径10m程度のものも地上からの観測で検出可能である。アリゾナ大学のスペース・ウォッチ望遠鏡がいくつもこのサイズの小惑星を検出している。しかし、これらの観測は夜側で行われているものであり、地上においては昼間は夜に比べて背景光がはるかに明るく、直径1kmの小惑星でも検出不可能である。
衝突警告時間を1週間以上得るために背景光の暗い大気圏外からの観測のみによって検出が可能となるのである。
 太陽方向から来る小惑星は天球上での動きが遅いので、なかなか軌道決定ができないという問題がある。そのために地球周辺と月周辺に設置された望遠鏡による視差観測は有効である。さらに、より軌道決定精度を良くするには、太陽−地球系のラグランジュ点に人工惑星を持って行き、観測すればより有効となる。
 地球に大災害を引き起こし得る地球近傍小惑星の軌道を全て決めてしまえば、100年後の衝突を予測でき、現在の宇宙技術で衝突を回避できる。これが、月面天文台建設の最終目標である。しかし、100%の捕捉が完了するまでの50年程度の期間では、いつ衝突軌道の小惑星が突入してくるかは判らない。そのために太陽方向から来る小惑星を衝突の1週間以上前に検出する大気圏外からの観測も大災害を少しでも軽減するために不可欠である。さらに人類滅亡に導き得るような直径1km以上のものの全検出は急がなければならなく、そのための地上観測網の完成を早急に整備するべきである。このようなストラテジーによって、小惑星の地球衝突から人類を守る事が可能となる。

X.2.3 月面からの地球衝突小惑星の観測

X.2.3.1 月面における全検出望遠鏡システム
 月面基地が完成する頃には、電力供給は十分あり、それにより、システム全体の熱対策は可能になるであろう。そして、月面の3経度位置に設置した10台近い望遠鏡で次々と100m以上の小惑星が次々と検出される。しかし、一挙に複数台の望遠鏡を持つ観測基地を確立できるわけではない。月面基地の確立しない無人探査の時代から一歩一歩拡大するべきである。第一歩としては、省電力で自立したシステムを考えるべきである。夜側での観測はエネルギー源の観点からかなり難しいとされている。それでも最低限の観測を可能にする方法を考える必要がある。そのような方向での検討を次に示す。

a. Scanning CCD
 月面観測での目標は小惑星帯にある100mサイズの26等級にもなる暗い小惑星の検出である。後に示すようにロケットの運搬可能性、月面の厳しい環境を考慮すると、口径1.5m程度の望遠鏡の採用が適切であろう。その場合、26等級の天体を検出するには1時間近い露出時間が必要である。
 望遠鏡で、日周運動(月の自転)によって天球上を動く星と小惑星を追尾して1時間露出の各画像を得る事は能であるが、望遠鏡を駆動するために電力を消費する事になり不利である。CCDでは、画像を読み出す場合各素子に受光して作られた信号電子を次々の素子に転送して読み出す方法が採られている。通常、画像読み出しの間シャッターを閉じ露出されない。
 天体の移動に伴って、望遠鏡で追尾して、CCDの決まった素子に受光させる代わりに、天体の移動に合わせてCCDの素子間の信号転送速度を調節すると、天体がCCDを横切る間の全信号を蓄積しながら集め、最後に読み出す事が可能になる。その概念図が図1に示されている。
 望遠鏡の回折限界に合わせてCCDの1素子が0.1秒角になるようにすると、現在一般に利用可能なCCDは2000×2000素子では200×200秒角四方の視野を見る事ができる。月の日周運動では1時間に180秒角移動するので、転送速度をこれに合わせれば1時間あまりの露出をシステマティックに行う事が可能である。
 この方法であれば、CCDの駆動のため電力が消費されるだけで、望遠鏡の駆動の必要はないので月面の夜側での観測を可能にするであろう。しかし、CCDでの1時間露出を可能にするには各素子からの熱雑音を下げるために-100゜C位までの冷却をする必要がある。夜側では冷却に関しては問題ないが、昼側では冷却システムの開発が必要である。


b. ツイン望遠鏡
 月面望遠鏡はできる限り、駆動操作の少ないものが好ましい。1台の望遠鏡では天球のいろいろの方向に向けるために望遠鏡を次々と動かさなければならない。地球衝突小惑星の検出観測においては小惑星が背景の星々に対する移動によって行うので、一定時間以上間隔をおいた2回以上の観測が必要である。
 受光器として Scanning CCDを使い、望遠鏡を固定して観測すると、天球上の長い帯状の部分の像が連続的に得られる。電力等の条件が許せば望遠鏡を動かす事なく天球を一周する帯状のデータを得る事も可能である。2台の望遠鏡が同じ赤緯(月の自転を基準にした座標系で:以下同じ)で、赤経が数時間離れた方向を向いていれば、数時間間隔の2枚の画像を次々と得る事ができる。

c. 望遠鏡
 ツイン望遠鏡で地球衝突小惑星の検出だけを行い、その確認を他の望遠鏡(地上の大口径望遠鏡を含めて)で行うのであれば、赤緯方向にのみ駆動可能な子午儀型の望遠鏡でよい。この場合可動軸が一つであるので、望遠鏡の安定性ははるかに良くなる。
 実際には1朔望月の間の検出数は、10万個近くになるであろうから、次の朔望月の間に再観測し、次々により高い精度の軌道決定を行わなければならないので、赤経方向にも望遠鏡を駆動する必要性が出てくる。また、月面ランダーの着地の仕方や着地点の条件によって正確に望遠鏡の極軸を設置することは不可能に近いと考えられるので、架台は経緯儀式にせざるをえないであろう。
 現在検討を進めている望遠鏡は次の図2ようなものである。望遠鏡の方位軸はランダーの上面に取り付けられる。一般にはランダーの4本の足の着地点が水平面から傾き、高度軸・方位軸は本来の方向から傾いているので、着地後、明るい星を使っての傾き角の決定を行う必要がある。その補正項を実際の望遠鏡のポインティング時にソフトによって取り込めるようにする。高度軸は口径1mの望遠鏡2本を串刺しにした形になる。2本の望遠鏡は月の自転による星像移動によって約4時間で次々に同じ星野を観測できるように2度程度離れた方向に向けておく。望遠鏡の焦点距離はCCD1ピクセル(10ミクロンとする)が、0.1秒角になるようにするために20mとする。
このような焦点距離を直焦点では得られないので、焦点位置を主鏡の後にしたリッチクレチアン型にする。なるべく広い視野を一時に観測するために多数のCCDを並べるモザイク型にする必要があり、そのために広い視野のとれるリッチクレチアン型が適している。10個のCCDを並べると一辺が0.5度角の星野を掃くことができる。口径1m望遠鏡の主鏡の重さは通常のガラス材を使うと300kgにもなり、月面での望遠鏡としては当分の間実現不可能である。しかし、ハッブル宇宙望遠鏡のようにハニカム鏡にして軽量化が可能である。また、現在試作段階であるがSiCクリスタル鏡では30kg程度まで軽量化が可能であるようだ。架台まで含めた2台の望遠鏡では将来の開発要素も考慮して400kg程度にすることが可能であろう。
 CCD等の受光器は500g程度である。10台では5kgになり、冷却器の重量がどの程度減らせるかが重要となる。十分な熱シールドがされていれば冷却に必要な重量をかなり減らせる可能性はある。それらが実現すれば、望遠鏡・検出側としての重量を500kg以下にしうるであろう。ただし、この評価の中にはコンピュータや電源の重量は考慮されていない。
 CCD1個からの出力データ数は夜の半月の間でもCCD1個当たり、1ギガバイト以下であるので、10個のCCDでの観測でも全てのデータを電力使用量の少ないメモリーに蓄えることも可能であろう。もちろん、小惑星を検出しても軌道決定のためには数日以内の再観測が必要である。このような望遠鏡を動かさなければならないような電力使用量の大きい観測は初期の時代には不可能であろうが、将来電力事情が良くなれば問題はなくなる。
 CCD本体1個の電力使用料は10W以下である。節電方式の開発を考慮すると10個のCCDで100W程度にすることは可能であろう。
 太陽方向周辺から来る地球衝突小惑星の観測のためにはバッフルを工夫することによって太陽から約8度以上離れたものを観測することが可能である。

 以上を総合すると、今後の開発と研究がまだまだ必要なのは当然であるが、かなり早い段階で、月面で観測する地球衝突小惑星ミッションの製作は可能であると言える。
    表 地球衝突小惑星全検出用月面望遠鏡(期待値)

   口径               1m    鏡筒数              2台    架台               経緯儀式    焦点               リッチクレチアン    焦点距離              20m    指向精度             1−6秒角    CCD数             10個以上    素子数              2000×2000    ピクセルサイズ          10×10ミクロン    自転による通過時間        6分      (積分時間)    望遠鏡重量            400kg    駆動電力             200W    CCD・コントローラ       100kg        (重量)    駆動電力             100W    その他              コンピュータ・                     電源・ランダー



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