1年間、フランスのニースに住むことになりました。前号までは「講座−小惑星とは何か」というテーマでお話をしてきましたが、今回からはちょっと雰囲気を変て、ニースで経験したことを交えて綴ってみようと思います。勿論、小惑星に関係する話も出てきます。少々エッセイ風(?)に書いてみようかと思いますが、うまくいくかどうか不安です。まあ、気楽にお付き合い下さい。

 成田を発って16時間。ついに南フランス、ニースに到着した。1996年12月10日(火)、午後8時20分。気温9度。雨上がりの空気はしっとりとしていた。 ニースの空港にはモニクが迎えに来てくれていた。モニク・フルコニ。彼女は、ニース天文台の秘書であるが、同時に我が一家に住むところを貸してくれるアパートのオーナーでもある。
 彼女の車に荷物を積み込み、アパートへ向かう。空港からニースの街までは約5キロ。海岸線の夜景がすばらしい。寝不足と時差ぼけに加えて、3歳の子連れであり、さらに荷物が多いとあって、かなり疲れているはずであったが、不思議と疲労感はない。やはり興奮していたせいか。
 アパートに着く。ニースの街の中心からは少しはずれているところにある。部屋は7階。日本風に言えば1DKのマンションであるが、ダイニングキッチン兼リビングルームの部分が広い。15畳くらいはあるだろうか。それに何と言っても、部屋がきれいだ。即、気に入ってしまう。
 このアパートから海までは近い。歩いて5分もかからない。そんな近くに地中海があるなんて理屈では分かっていてもちょっと信じられない気分だ。到着した次の日、さっそく海岸沿いに散歩してみる。そこは、プロムナード・デ・ザングレ(イギリス人の散歩道)と呼ばれている通りで、一流の上に「超」が幾つもつくようなホテルや決して縁のないような高級住宅が並んでいる。これらの建物と、ゆるやかにカーブした海岸線が、それこそ絵の様な風景を作り出している。
 青い海に白い波。空の青。ボンジュール、ニース!
 ということで、仕事以外についてはほとんどバカンス気分で始まったフランス生活であるが、最大の壁はやはりフランス語である。大学時代に第2外国語で習ったフランス語のはるか昔の記憶をたどりつつ、片言のフランス語で四苦八苦する毎日始まった。思っていたよりも片言で通じることが多いのだが、ちょっと複雑な会話になるともうお手上げである。せめて、英語が通じれば、と思うのだが、まったく英語が分からない人が結構いる。よくフランス人は英語を話さないというが、「話せない」という方が正しいような気がする。日本でも、英語を話せない人が沢山いるが、それと同じだ。
 ともあれ、フランスでの生活を楽しむためには、やはりフランス語が必須である。わずか1年間の滞在でどこまでできるようになるか分からないが、せっかくの機会なのでできる限り頑張ってみようと思う。幸か不幸か、パリとは違ってニースには観光客以外の日本人は少ないようだ。つまり、いやでもフランス語と付き合わないといけないわけで、語学の勉強には理想的な環境である。それと、現在はボンジュールとオルブアール(さようなら)の2つしかフランス語を知らない3歳の子どもが、どのくらいフランス語に慣れていくのか楽しみである。

<ニース天文台>
 ここで、ニース天文台について、簡単に紹介しておこう。
 ニース天文台はニースの街の東側にある小高い山の上にある。街の中心からの直線距離で4、5キロ、車で走って10キロ程度であろうか。標高数百メートルの山の上にあるだけあって、ここからはニースの街や地中海が一望できる。遠くには、真っ白な雪をかぶった山々も見えた。車で70キロほど行けば、スキーもできるそうだ。
 ニース天文台の設立は、今からもう百年以上前の1881年である。銀行家でアマ
チュア天文家でもあったR.L.Bischoffsheimによって提案され作られた。ここには76cmの屈折望遠鏡があるが、その望遠鏡がある直径24mのドームは、なんとパリのエッフェル塔で有名なエッフェルによって作られたそうだ。ドーム自体が水が入った環状のタンクに浮いているような構造をしており、簡単に回転できるメカニズムになっているとのことである。
 このニース天文台であるが、現在はコートダジュール天文台の1組織となっている。元々は独立していた3つの組織であるニース天文台、グラース天文台、カレラン天文台の3つが統合されて、コートダジュール天文台となった。フランス版、組織の統廃合であろうか。全職員の数は約200名で、そのうちの6、7割はニース天文台に所属しているそうだ。また、内訳は4割が科学者、4割が技術者、2割が事務系ということである。
 コートダジュール天文台は、日本の国立天文台のように大学からは独立した機関である。所属の省は、Ministry for Higher Educationで、やはり日本の文部省みたいなものであろうか。ただし、予算の一部はCNRS(National Center for Scientific Research)というところからももらっているという。
 また、3つの部門があり、それぞれカッシーニ、セルガ、フレネルと呼ばれている。研究されている内容も、銀河、星、太陽、太陽系と多岐に渡っており、観測実験装置としても、上記の歴史的な望遠鏡以外に、レーザー測距、シュミット望遠鏡、赤外干渉計など最新の施設も備えている。ちなみに、私はこの中の太陽系の力学について研究を行っているグループに加えてもらっている。
 以上が、コートダジュール天文台の大まかな紹介である。まだ、こちらに来てから10日間しか経っていないので、まだ把握できていないことの方が格段に多い。そのあたりのことについては、また後で報告したいと思う。
 なお、最後になってしまったが、ニース天文台でも地球に接近する小惑星についての観測を行っている。来年(1997年)には、この観測も見学させてもらえることになっているので、できれば次回はこれについて報告したい。
    (1996年12月22日:クリスマスのイルミネーションが美しいニースより)



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