あすてろいどエッセイ

     宇宙塵も積もれば....

                     矢野 創(宇宙科学研究所)


1. はじめに

 スペースガードの活動の中心は、「地球近傍天体に関する研究」を通じて人類社会の存続に貢献することです。これはさらに以下の三つのキーワードに分けられます。

(1)災害(衝突頻度・軌道の計測、超高速衝突現象の理解、地球環境・人類社会への影響評価)

(2)起源(太陽系の起源、小天体の物理・化学的性質の理解)

(3)資源(将来の地球外資源活用の可能性を探る)

 私はこれまで、南極の氷の中に閉じ込められたり、スペースシャトルで回収された人工衛星に衝突した宇宙塵を分析することで、主に(2)についての研究を行ってきました。本稿では、そうした宇宙塵研究の現在と未来をご紹介します。

2. スターダストメモリーズ:地球に降り積もる太陽系の化石達

 この春、夜明け前の空に明るく輝いていたヘールボップ彗星の「尾っぽ」、皆さんはご覧になりましたか?あれは彗星核から吐き出された小さな塵が太陽光を散乱したものです。毎年決まった季節に現われるペルセウス座等の「流星群」も、その母天体がまき散らした塵のチューブが地球の公転軌道と交差するために起こる現象です。宇宙空間に存在するこのような天然の微粒子を一般に「宇宙塵」と呼びます。

 風や海や地殻の動きによって毎日姿を変える地球環境と違って、こうした小天体達の「かけら」である宇宙塵や隕石は、太陽系が生まれた頃の様子を留める「宇宙の化石」です。ですから、もし地球近傍で採集される宇宙塵の起源が分かれば、探査機を送らずにその母天体の材料に関する情報を得ることができます。言ってみれば塵をばらまく「地球近傍小天体」は、太陽系の始原物質を地球の玄関先まで届けてくれる「宅急便」です。あとは私達がそれを上手に捕まえさえすれば良いのです。

 大気との摩擦を生き延びた、肉眼では見えないほど小さな宇宙塵は、チクシュルーブやツングースカ規模の大きな衝突よりはるかに頻繁に地球へ降っています(図1)。その量は年間数万トン以上と見積もられています。皆さんの一生を通じて数粒程度の宇宙塵はご自身の肩にも舞い降りているかも知れません。最近は、一軒家ほどの大きさの「小彗星」が一日に千個以上も地球に降って、水と有機物をもたらしているという説もあります。もしこれが正しいとすると、そのかけらである宇宙塵の降下量はもっと増えるでしょう。

       図1 地球に衝突する宇宙物質の頻度と質量の関係

3. 星屑を捕まえて

 宇宙塵の研究は、観測分野では17世紀のカッシーニによる黄道光の発見(図2)、採集分析の分野では19世紀の英国の海洋探査船チャレンジャー号による深海底の泥からの宇宙起源球粒(コズミックスフェリュール)の発見にまで遡ります。今世紀後半には成層圏や極地氷床からの採集も始まりました。さらにスプートニク1号の打ち上げ直後から、微粒子の超高速衝突(平均秒速20km。東京から神戸まで30秒で着く速さです。)が人類の宇宙活動に与える危険性を評価するために、宇宙空間での微粒子のその場計測や採集が開始されました(図3)。

図2 図3

図2 ハワイでCCD撮影された黄道光。(提供:J. James(英国マンチェスター大学)並びに神戸大学・向井正研究室) 
図3 様々な宇宙塵の形態(10~100ミクロンオーダー)。左上から時計回りにそれぞれ、深海底、成層圏、地球低軌道[微小クレーター]、南極氷床にて採集された。

多くの惑星探査機にも「ダスト計測器」がほぼ標準装備されてきました。その結果、太陽系の様々な空間には、多様な起源を持つ微粒子が存在することが判ってきました(図4)。

        図4 太陽系内にある様々な宇宙塵の起源

つまり彗星、小惑星、カイパーベルト天体、惑星や衛星からの『惑星間塵(メテオロイド)』、太陽の放射圧で吹き飛ばされたβメテオロイド、それに近年の惑星探査機やレーダー観測によって確認された、太陽系外から飛んできた『星間塵』等です。天体観測では、若い恒星の周りの塵円盤や、地球公転軌道に沿った小惑星起源の塵の帯が確認されました。さらに微量分析技術が発達して、隕石中に超新星爆発を起源とした微粒子や、人工衛星上の微小クレーターにサッカーボールのような形の高分子有機物フラーレンも検出できるようになりました。こうした最新の研究成果によって、宇宙塵は惑星系の誕生、進化、そして終焉の各段階に深く関わっていることが判ってきました。

 以上のように、宇宙塵は天体観測と宇宙物質分析の研究を橋渡しする物質です。言い替えると、宇宙塵の全貌は、隕石研究のような物質分析、赤外線やサブミリ波を中心とする遠隔観測、惑星探査、理論、実験・シミュレーション等の様々な研究手法を、バランス良く発展させて初めて明らかにすることができます。今後10年以内に日本独自の探査計画として月、火星、小惑星へ行く予定があり、地球低軌道上では2003年頃から国際宇宙ステーションの運用が開始されます。宇宙塵はこれらの計画の全てで計測が検討されています。また国立極地研究所では、1997年と1999年に派遣される南極観測隊によって、南極の氷を溶かして宇宙塵を大量に採集します。さらに起源が明らかな宇宙塵を調べるためにも、来世紀初頭には、米国では彗星にスターダスト探査機を、日本では地球近傍小惑星にミューゼスC探査機をそれぞれ送り、表面から飛び出してくるかけら(つまりメテオロイド)を捕まえて地球に持ち帰る計画が進められています。

4. 宇宙の環境問題:スペースデブリ

 地球近傍では天然の微粒子に加えて、廃棄された人工衛星やロケット上段の運用・劣化・爆発・衝突等によって生じた宇宙のゴミ「スペースデブリ」が存在します。地上から追尾観測できる10cm以上の大きさを持つ人工物体は、現在地球周回軌道に8000個以上存在しています。今も運用されている人工衛星はそのうちのわずか5%ほどで、残りは全てデブリです(図5)。大きさ1mmまでではデブリ数は約3500万個以上にのぼると見積もられています。

図5 1995年末時点の地球低軌道上のスペースデブリの分布(大きさは表現されていない)

 その数は、気象観測、国際携帯電話、衛星放送、GPS等、日常生活に宇宙技術が浸透するにつれてさらに増えます。それに比例して衛星自体がデブリの被害を被るリスクも上がります。これはちょうど高度経済成長期の日本が抱えた公害問題と似たジレンマです。つまりデブリ問題は宇宙開発の進展と共に深刻化する「宇宙の環境問題」であり、その対策には継続した国際・学際的な研究協力が不可欠です。 最近欧米では、スペースガード研究者の努力で、大きなデブリの地上観測網と地球近傍小天体探索の間で観測施設の共通化が進められています。日本でも同様な計画が検討中です。

5. 宇宙環境アセスメント:人工衛星への超高速衝突

 とはいえ、数cm未満のデブリは地上観測では追跡できません。そして宇宙塵やデブリはお構いなく人工衛星に超高速で衝突します。そのため過去に、シャトルの窓がひび割れたり、宇宙ステーション・ミール内の宇宙飛行士が外壁の衝突音を聞いたり、ヨーロッパのオリンパス衛星や日本の放送衛星BS-3衛星が突然姿勢を変動したりしてきました。こうした微粒子の組成や分布、軌道上の挙動、衝突の被害等を調べるために、これまでは欧米でLDEF衛星、EuReCa衛星、ハッブル宇宙望遠鏡・太陽電池パネル等の宇宙機が地球に回収される毎に宇宙塵とデブリの衝突痕調査や捕集実験が実施されてきました。また昨年からロシアのゴーリッド衛星が、地球静止軌道では初めてのその場計測を開始しました。

 日本でもようやく昨年1月のSFU衛星の回収を機会に、初めて独自の衝突痕検査のデータを取得し始めました(図6)。10ヵ月間宇宙にいたSFU衛星の全曝露面積は約150m2で、その2/3は二翼の太陽電池パネルが占めていました。しかし両方とも正しく収納されなかったため、宇宙空間に投棄されました。皮肉なことに「デブリ取りがデブリ」になってしまったのです。そこで衝突痕検査は、衛星本体を覆う主な表面材質である多層耐熱被膜(MLI)やテフロン製の放熱板等について実施されました(図7,8)。これまでに約19平方メートルの面積に〜200mm以上の衝突痕が500個余り記録され、現在もより詳しい測定と衝突残留物の化学分析を進めています。ちなみに、SFU全体での最大級の衝突痕は(1)赤外線望遠鏡のアルミ製鏡筒部のクレーター(内径~2.5 mm、被害規模~13.4 mm)、(2)同望遠鏡の日除け傘部の貫通孔(内径~2.5 mm)、(3)太陽面の放熱板のクレーター(内径~4 mm、被害規模~10.5 mm)の三つでした。

   図6 回収されたSFU衛星(写真提供: NASA)
図7 図8
図7 Kapton MLI(SEM)上の貫通孔:Dh = ~300 micron (目盛:500 micron) (写真提供: DENSO)
図8 Teflon SSM (PLU-4)上のクレーター:Dc = 〜600 micron、 Dm = 〜4.5 mm (空気穴=〜700 micron)

 さらに新世紀初頭に国際宇宙ステーションの運用が始まると、その軌道高度(約400km)を中心に有人宇宙活動はますます活発化していくので、その「仕事場」の環境アセスメントも欠かせなくなります(図9)。日本はJEM曝露部と呼ばれる、ロボットアームを備えた、宇宙環境に曝した実験を行う設備を持っていて、そこはメテオロイドとデブリの研究に最適な場所です(図10)。

図9 国際宇宙ステーション(想像図:提供NASA)
            図10 JEM構造

ここを工夫して使えば、最長10年間にわたって微粒子の連続計測や捕集ができます。採集窓付き回転板やロボットアームによる衝突板の交換によって、個々の衝突の時間分解能を飛躍的に向上させることができます。そこで母彗星が分かっている流星群やデブリ密集雲を選択的に捕えることができるようになります。そうした将来の実験に備えて、本年8月にはシャトル上で極低密度な素材・エアロジェルを使った微粒子の非破壊捕集実験が控えています。

6. 終わりに

 さてもっと地球を離れた宇宙空間では、惑星探査機によって宇宙塵の計測が進められています。過去の日本の探査機でメテオロイド計測器を搭載したのは、ひてん月周回衛星だけです。次は来年夏に火星を探査するPlanet-Bミッションです。その後は、2003年頃H-IIロケットを使って打ち上げられる月周回探査セレーネミッションに、衝突プラズマを利用した「飛行時間型その場微粒子質量分析器」の搭載が検討されています。前二者が主にフラックスと衝突エネルギーだけを計測するのに対して、後者は月面100kmの位置で、月に向かって衝突してくるメテオロイドのおおまかな組成(金属、石質、氷など)を判定して、各々の母天体を求めます。特に星間塵の組成の解明、月起源ダストの検出等は、世界中の惑星ミッションでもまだ実現していない重要な挑戦です。また、月面自体から飛ばされてくる微粒子の測定は、将来の月面天文台(スペースガード仕様がその有力な候補です。)や有人基地などへの超高速微粒子の衝突の危険性や月面のレゴリスの影響を評価する上でも大切な測定です。

 往年のスタンダードナンバーの名曲「Stardust」は、「星屑」が輝く夜空を見上げてかつての恋人を思い出すという歌です。しかし実際の宇宙塵には、私達の太陽系に関するもっと古い記憶が閉じ込められています。これこそが、通常の隕石より遥かに小さいけれども(<1mm)豊富に地球周辺に存在する「身近な宇宙物質」宇宙塵を研究する醍醐味です。


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