L4点スペースガード宇宙望遠鏡からの

   NEO観測シミュレーション (その2)

                     歌島昌由(宇宙開発事業団)


1.はじめに

 前回は、スペースガード宇宙望遠鏡(SGST)を太陽−地球系のラグランジュ点の一つL4点に設置した場合の最初の観測シミュレーションを紹介した。そこでは、ある小天体(NEO)を1度SGSTが観測しただけで検出したと定義して全数検出に要する年数を求めた。NEOを検出する最大の目的は、将来の位置を予測して地球と衝突するか否かを判定する事である。そのためには高精度に軌道要素を決定する必要がある。今回は、高精度までは行かないが、数ヶ月先までの予報は十分できる程度の概略軌道決定に必要な観測を考慮したシミュレーションを紹介する。

2.概略軌道決定のための観測法

 NEOの軌道をラフに決定するには、以下の2段階の観測を行なう必要がある。

(STEP 1) 約1時間間隔で同じ視野を3回観測し、動かない恒星を背景に動いているNEOを見つける。2〜3回の観測データから、NEOの移動方向と移動速度を求める。

(STEP 2) STEP 1で得た情報を使って、約5日間隔で同じ視野を更に2回観測し、NEOの概略の軌道要素を決定する。

何百年といった長期間の軌道予測に使えるだけの高精度な軌道決定のためには、これだけでは不十分であり、1年後、数年後といったタイミングに再度観測する事が必要である。このような年単位の間隔の再観測は、例えば地上望遠鏡で行なうと想定して、このシミュレーションには考慮しない。数日間隔の3回のSGSTからの観測で概略軌道決定ができたNEOは、それが地球の夜側に存在すれば、地上望遠鏡でも観測できる。ここで考えているSGSTは、太陽−地球系のL4点に設置を想定しており、遠く離れた地球の望遠鏡からも観測する事で短期間に高精度な軌道決定が期待できる。そのため、SGSTの観測方向を地球の夜側に設定した(図1参照)。

 NEOとSGSTの距離が2AU以下の場合に観測可能と判断する事と、既知の407個の小天体を対象にシミュレーションをする事は、前回と同じである。

 SGSTが1日に見る事のできる黄経方向幅は、約1時間間隔で3回観測する事を考慮して、前回の(2.2)式に1/3を乗じたものを使用する。黄緯方向幅は前回の(2.1)式と同じである。

 地球の夜側を中心に、5日間隔で同じ視野を3回観測する様子を図1に示す。図中A〜Eの各扇は、1日の観測領域である。シミュレーションを開始した時点での地球の反太陽方向が5日間のSGSTによる観測の中心方向になる様に観測を開始する。1日毎に観測視野がAからB、C、…と変わり、6日目には再びAが観測視野となる。5日間の観測が3回終了すると、次の15日間の観測開始方向は、15日間の地球の公転角(14.8度)だけ黄経が大きくなる。

3.シミュレーション結果

 使用する小天体の数が407個と比較的少ないため、観測開始時期によってシミュレーション結果がばらつく事が考えられる。そのため、幾つかの観測開始年に対してシミュレーションを行なったが、ここでは観測開始が2005年1月1日の場合の結果を示す。

図2に、407個のNEOの90%、95%、99%を検出(概略軌道決定)するまでの年数を示す。Nscan=50の時の99%検出の年数が異常である。(Nscanは黄緯方向の観測数;前回の記事を参照。)これは小惑星1994 AH2の検出が遅れたためである。この軌道要素を表1に示す。近日点半径は0.73AU、遠日点半径は4.32AUである。1AU近くでは移動速度が大きく、遠日点付近は最大距離2AUの制約を受けて観測できない。移動速度が大きい場合でも検出できるスキャン法の検討が必要である。

図2 2005年観測開始の場合

 表2に407個全数検出までの年数を示した。Nscan=10の場合、二つのNEOが未検出であった。小惑星1983 VA と小惑星1992 LCである。両者の軌道は表1の1994 AH2に似ている。Nscan=70の場合は小惑星1994 XL1が未検出であった。表3にNscan=70の場合の99%検出が終わった時に最後に検出されたNEOと残された4個のNEOを、検出され難い順に示す。

最後の小惑星4197は、1994 AH2と似た軌道である。この様な軌道に対しては、大きな移動速度にも対応できる観測法の適用の他に、口径を大きくして最大検出距離を延ばす事も有効であろう。残りのNEOは1993 WDを除き、地球軌道の外にいる期間が少なく、地球の夜側を中心に観測するSGSTからの検出は困難である。1993 WDは、傾斜角が63.5度もある上にSGSTとの距離が小さいため、Nscan=70でも観測機会が限られる。

 口径の大きいSGSTは1994 AH2のようなNEOの検出のためだけでなく、遠くから太陽系中心部に入ってくる長周期彗星を遠距離から検出するためにも必要である。また、太陽から1AU以内の空間に存在する期間が長いNEOを検出するには、太陽−地球系のL1点に別のSGSTを設置し、L4点のSGSTが観測しない方向を観測するのが効果的であろう。

4.おわりに

 本シミュレーションにより、約70年のL4点SGSTからの観測で、99%のNEOの概略軌道決定ができそうだ、との結果を得た。今回のシミュレーションで検出が困難だったNEOの内で、遠日点半径が1AUを僅かしか越えないものは、地球の夜側の方向を観測する限り検出は困難であり、昼側の観測を専門に行なう別のSGSTが必要であろう。これは、太陽方向からやって来るNEOの検出と合わせて、太陽−地球系のL1点に設置するのが適当であろう。遠日点半径が4AUを越えるような長楕円のものも検出が困難なNEO群である。これに対しては、SGSTの口径を大きくする等の性能向上によって最大検出可能距離を2AUよりも大きくした望遠鏡が望まれる。木星や土星の軌道よりも遠くからやって来る長周期彗星のようなNEOを早期に検出するためにも、このような宇宙望遠鏡が必要であろう。

 本検討の結果は、NEOの全数を概略軌道決定するためには、以下の3種類のSGSTを運用する必要がある事を示唆している。

(1)L4または L5点の1.5m級SGST(本シミュレーションで対象としたSGST)

(2)L1点の1.5m級SGST (1AU近傍〜1AU以内のNEO専用)

(3)L4または L5点の大口径SGST (遠距離のNEO専用)

 なお、観測方法について国立天文台の磯部.三氏(日本スペースガード協会会長)の支援を頂いた。感謝します。


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