あすてろいどスペシャル

衝突と気候変動、及び、絶滅と文明盛衰

   (その2)アトランティスの滅亡

                   地質調査所 古宇田亮一


4. 危機への認識

 産業廃棄ガス等による地球温暖化危機が叫ばれて久しい。我々日本人は、せっかちなせいか、危機が直ちに訪れない限り、すぐに忘れて水に流してしまう傾向があるようだ。科学的結論から、危機への懸念を表明しても、直ちに危機が実現されないと、逆に「詐欺師」呼ばわりされることもあり、難しい。小惑星が現実に衝突して、全人類とは言わないまでも、広域的な災害が発生しない限り、リスクを正しく認識することは極めて困難かもしれない。その前に、天が落ちることを気にしていたという、古代中国は殷の末裔、杞国の人の憂いだと笑われる可能性すらある。

 多数の人々がリスクを正しく認識しない限り、リスク管理のための諸方策を実現して維持発展させることは不可能に近い。神戸における1995年1月の震災は、専門家の科学的指摘がいかに事前に相次いでも、リスクを認識してくれない相手には無力、かつ、指摘が生かされることもなかった点で、専門家の間には衝撃的だった。もちろん、たとえ事前に指摘が生かされたとしても、どれほど災害を避けられたかは疑問である。震災当日の交通渋滞や行政情報の遅れは避けることができたかもしれないし、消防車や救急車も通行でき、死なずにすんだ人々もいたのではないかという指摘もあるが、これらは専門家の思い込みかもしれない。

 正しいリスク管理のためには、正しいリスク認識が普及する必要があり、当スペースガード協会のような活動もその一助になれば幸いである。それでは、一つの文明が滅亡したり、大量の生物が種ごと絶滅して二度と復活しないほどのリスクとは何だろうか。このシリーズでは、気候変動に集約される火山噴火や小惑星衝突によって、どれほど文明が滅び、生物が絶滅して果てたか、年代測定を軸にして、過去の歴史的な事実を渉猟している。今回は、エーゲ海の事件を探ってみる。

5. アトランティス伝説とクレタ島ミノア文明の滅亡

 エーゲ海に浮かぶ火山島、サントリニ島の歴史時代の噴火は、規模はそれほど大きくないものの、古代地中海世界に広範な影響をもたらしたものとして知られており、多くの研究がある。サントリニ島は大噴火により島の過半が水没したことから、プラトンが引用したアトランティスによく比定されていた。伝説のアトランティスは非常によく栄えた交易都市文明で、その中心地は水路、ないし、港の発達した島のような所だったが、一夜にして水没し、以後、文明は壊滅したと伝えられている。

 クレタ島の発掘により、交易により栄えたミノア文明が知られるようになった。その文書である線文字Bの解読も進んだ。ギリシャ時代の史書によると、クレタ王国の中心には、巨大な迷路があり、怪獣ミノタウロスが棲んで犠を捧げられていたと伝えられている。クレタの巨大遺跡にも複雑な都市建築物が発掘されておりぃ苅娃娃闇O幣紊眩阿了タ紊任△襪海箸「錣C辰討い襦D潺離∧弧世魯─璽桶ざ疂佞世韻任覆@▲茵璽蹈奪僉∨魅▲侫螢@チ翕豼完茲紡燭C両γ弔鯒標C靴燭蕕靴ぁC修慮魄弖@△△襪い亙弧牲C蓮カ紊離蹇璽淞觜颪領琉茲砲曚椽鼎覆襪箸いΑC靴C掘∧弧世寮篦佐「防垤「併オ錣タ海い拭C修離D薀ぅ泪奪D垢縫汽鵐肇螢謀腓梁臺ー个ニ_検カ魄彙羶瓦浪k任掘ツ吐箸テ戝話羈ち完茲砲「郡鵑察ニケ兇靴涜腟っ罎鯢睛靴垢訛舂未離船蠅里燭瓩鵬診C眤斥杆_「「気┐「蕕譴匿m蘇埖C亡戮辰燭反篦蠅気譴討い襦/P>

 ミノア文明が一瞬のうちに滅び去ったわけではないものの、滅亡に向かう文明は、様々な社会現象を引き起こした。遺跡に残された家屋や絵などから推定すると、ミノア文明末期には奇怪な宗教がはやり、密室で生者から血を抜く儀式などが流行したことが知られている。このような混乱に陥ったミノア文明は、これより前にギリシア中部に勃興したミケーネ文明によって倒され、歴史から消滅した。ミケーネ文明は、ギリシア文明に先駆する文明である。繁栄する文明の消滅に至る原因をもたらしたサントリニ島の大噴火と津波、大気のチリによる寒冷・乾燥化は、ここでとりあげている小惑星衝突の小規模な一つのモデルになりうる。

 神話・伝説と、発掘された事実をうまくつなげることは難しい。必要な決め手は同時代史料の発見と年代測定である。紀元前(BC)1628年に比定されたサントリニ島の大噴火に代表される火山活動が、当時の地中海・中東世界を大きく変えてしまったことは恐らく事実であろう。直接失われた人命も多かったと思われるが、むしろ、津波が交易諸都市を壊滅させた。大気中のチリによる寒冷化は、より長期の災害と食料不足をもたらし、古代の民族移動につながったかもしれない。サントリニ島の噴火が1回だけではないとしても、大規模なものは頻繁とは言えない。東地中海は現在も地震が多く、この時代に大規模津波を発生させた大型の海底地震ならば、数年の間に何回か発生してもおかしくないし、いくつかの水没を示唆する都市遺跡や浅海域の遺跡からも、事実として裏付けられよう。火山や地震、津波は一瞬にして文明を激変させる。小惑星衝突の災害は、更に大きなものと想像される。

 サントリニ島の噴火以外にも大きな噴火が知られている。それにもかかわらず、また、その影響による寒冷化が局地的にみられたにもかかわらず、BC1628年の噴火ほど文明に大きな影響をもたらしたことが確認されたものは少ない。単に噴火の規模ばかりでなく、噴火の性質や火山の型等が大きな影響をもつことも示唆している。更に、火山噴火が単発的でなく世界各地で続発すれば、その影響は、より大きいだろう。そこで、次回は、現在より4500年前と3500年前の世界的な寒冷化と文明の消滅について、稿を改めて探ってみることにする(続く)。

 エーゲ海のサントリニ島とクレタ島

 サントリニ島の現在 


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