地球にも「コンパニオン」

         −小惑星3753の運動−

                         吉川 真(ニース天文台)


 最近、地球に接近するような小惑星が続々と発見されていますが、かなり以前に発見された小惑星についても面白い性質が見つかることがあります。ここでは、Wiegertらによって、ネイチャーに発表された論文(Wiegert,P.A., Innanen,K.A., and Mikkola,S. 1997, NATURE, 387, 685)についてご紹介したいと思います。この論文では、以前発見されていた小惑星3753が地球の「コンパニオン小惑星」であるということです。この場合の‘コンパニオン’とは、力学的に地球との関係が深いということですが、以下で簡単に説明したいと思います。

 その前に、まずトロヤ群小惑星というものについて簡単に触れておきたいと思います。これは、太陽と木星と小惑星が正三角形をなすような位置付近に、小惑星が群をなして存在しているものです。図で示すと、図1のようになります。この図はCarl D. Murrayの論文(1997, NATURE, 387, 651)から取ったものですが、太陽−木星を1辺とする正三角形の頂点であるL4とL5の付近に小惑星がたくさん存在しており、これがトロヤ群と呼ばれるものなのです。

図1(図の説明は末尾)

 これは、理論的には、ラグランジュによって18世紀後半に詳しく解析されたもので、ラグランジュの正三角形平衡解としても有名です。現在では、木星のトロヤ群小惑星は400個ほど発見されています。また、最近になって、火星にもトロヤ群と同様な小惑星があることが分かりました。それは、1990年に発見された小惑星5261(Eureka)で、火星−太陽を1辺とする正三角形解のうち火星を追いかける方に存在しています(Mikkola,S., Innanen,K., Muinonen,K., and Bowell,E. 1994, Celestial Mechanics and Dynamical Astronomy, 58,53)。

 さて、このような天体は、地球については存在しないのでしょうか。実は、先に述べた小惑星3753が地球についての‘トロヤ群’なのです。ただし、この小惑星は木星や火星のトロヤ群とはちょっと違った運動をしています。その様子を図2で見てみましょう。(図2には、地球の公転運動と同期して回転する回転座標系における小惑星の軌道を、黄道面に投影したものが描かれています。回転座標系に乗ると、軌道の形が全く別のものになってしまうことに注意して下さい。普通を見方をすれば、小惑星3753も太陽のまわりを楕円軌道を描いて運動しているだけです。)

 まず、小惑星3753の動きを短期的に見ると、地球の前方で‘インゲン豆’のような形の軌道を描いていることがわかります(図2a)。つまり、常に地球の進行方向にあり、ほぼ1年の周期で地球に近づいたり遠ざかったりしているのです。この‘インゲン豆’1つは、小惑星が太陽のまわりを1周する周期に一致しています。そして、これは時間が経つにつれてだんだんとより前方に移動していき(図2b)、最後には地球のすぐ後方まで来てしまいます(図2c)。‘インゲン豆’が‘バナナ’になり、さらに‘クッキー’になったような感じです。

図2

 天体力学では、図2cのような‘クッキー’型の軌道を、ホースシュー(馬蹄型)軌道と呼んでいます。ラグランジュの正三角形解の場合には、その正三角形の頂点付近で運動するのですが、ホースシュー軌道の場合は、この馬蹄形の領域で運動することになります。図1において、L4とL5のまわりに描かれている軌道が正三角形解の軌道で、L4とL5の両方を取り囲んでいる大きな軌道がホースシューの軌道です。

 ところが、この小惑星の場合、それだけでは終わりません。さらにもう少し長期に運動を調べると、その運動領域は地球を飲み込んでしまい、ドーナツ状の領域となってしまいます(図2d)。‘クッキー’が‘ドーナツ’に変わってしまったわけです。この場合でも、実は1周期を表す‘インゲン豆’型軌道は、ホースシュー軌道と同様な運動をしています。言葉ではなかなか分かりやすく表現できないのですが、たとえば図2aに描かれている‘インゲン豆’型軌道の左端の部分(★印)に着目すると、この部分は地球を挟んで馬蹄形の運動をしているのです。

 気になることに、図2dを見ると地球の上に小惑星の軌道が重なっており、あたかも小惑星と地球が衝突するかのように見えます。しかし、衝突は起こりません。それは、この小惑星の軌道傾斜角が20度ほどあり、地球と軌道が重なって見えるところは空間的には離れているからです。また、このように地球に制御されているような軌道を持っているので、地球と衝突する可能性も今のところありません。

 ただし、このように制御された運動をしているのは一時的で、過去のある時点で現在のような軌道に捕らえられ、未来のある時にはまた‘コンパニオン’状態から離れてしまう可能性が高いのです。このような運動は、特にカオス的な運動をする小惑星や彗星の軌道計算をしているとときどき生じるものです。現存する天体としては、地球のコンパニオンと確認されたのはこの小惑星が初めてです。面白い小惑星が太陽系にはまだまだ存在しそうですね。

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図1 正三角形解の軌道とホースシュー軌道。C.D. Murray より(本文参照)。

図2 小惑星3753の軌道。ここでは、地球の公転運動と一緒に回転する座標系に乗って見た図を示す(本文参照)。小惑星の軌道は、黄道面に投影したものである。それぞれ、図中に示されている期間(数字は西暦の年)についての軌道が描いてある。なお、座標(1,0)にある*印は地球の位置で、この回転座標系では地球は固定されている。また、原点の+印は太陽である。図aの★印については本文を参照。(計算は筆者による)

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[注:この文章は、天文月報の1998年2月号に掲載予定の記事の一部を改変したものです。]


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