L4点スペースガード宇宙望遠鏡からの

   NEO観測シミュレーション (まとめ)

                     歌島昌由(宇宙開発事業団)


1.はじめに

 前回と前々回では、SGST(スペースガード宇宙望遠鏡)からの距離が2AU以内の時、直径100mのNEOを観測できるとしたシミュレーションを紹介した。今回は、SGSTによる観測シミュレーションの最後として、SGSTからの観測で予測される観測等級を使ったシミュレーションについて述べる。そして今回の記事だけで全体が把握できるように、前回までの内容も含めて記述する事とした。なお、前回までの記事で1つ訂正させて頂きたい。それは、口径1.5mの望遠鏡の5分間積分により直径100mのNEOを距離2AUで観測できると記載したが、これは26〜27等級の状態での観測に相当し、5分間積分で観測するには実は約3mの口径が必要と分かったと言う事である。

 地球軌道に接近するNEOの内、直径1km以上のものは約2000個、100m以上のものは約30万個あると言われている(参考文献1)。これらのNEOの全数検出に要する年数をシミュレーションにより推定するには、NEOの疑似データ(軌道、サイズ等)が必要である。サイズ分布については上記のようにある程度の推定がなされている。しかし、未知のNEOも含めた全NEOの軌道分布は分かっていない。今後の観測により次第にはっきりして来るものであろう。よって、ここでは、既に検出されているNEOを、上記の30万個からのサンプルと考えて、これを利用してシミュレーションを行なう。

2.SGSTの基本性能と観測法

 SGSTの基本性能として、以下の数値を仮定する。

 [望遠鏡の性能]

 (1)視野角θ :2度 (2度×2度)

 (2)積分時間Δt :5分間

 (3)観測限界

(A)直径100mのNEOを観測できる最大距離Rmax

  =2AU (観測等級で27等に相当、口径3m)

(B)観測限界等級=24等 (口径1m)

ここでは、観測限界として上記の(A)と(B)の二つを考える。(A)は口径3mの大型望遠鏡の場合でありNEOとの相対距離で観測可否を判定する。(B)は現実的な中型望遠鏡の場合であり、光学式で計算される観測等級を使って観測可否を判定する。光学式については、第5章を参照。

 太陽−地球系のL4点に置かれたSGSTからの観測のイメージを図2.1に示す。SGSTの役割は、数ヶ月後でも地上望遠鏡で捕らえる事ができる程度の精度の概略軌道決定を行なえる観測をする事である。ここでは、あるNEOに対して、概略軌道決定に十分な観測データを取得した時、「そのNEOを検出した」と言う事にする。その検出のための条件を以下の様に考えたが、これで十分かどうかは今後の検討が必要である。

  1 そのNEOを、約1時間間隔で3回観測できた。

  2 数日間隔で、同じNEOを更に2回観測できた。

 SGSTが検出したNEOをすぐに地上望遠鏡からも観測して、L4点と地球との長いベースラインを利用して短期間に軌道決定精度を向上させる事ができるように、SGSTは地球公転と同期して地球の夜側の方向を中心に観測する事にする。地球の夜側の観測ができ、且つ、地球から十分に離れた点として、L4点は好都合な場所である。

 次に、SGSTの基本的なスキャン法を述べる。SGSTは5分間で2度×2度の領域を観測する。黄緯ゼロを中心として黄緯方向のNscan×θの幅の帯状領域を毎日黄経方向に走査していく。1日は1440分なので、SGSTが1日に見る事のできる領域は、(2.1), (2.2)式で求められる2δmax、2αmaxを使って、黄緯方向の幅が2δmax、黄経方向の幅が2αmaxの領域となる。なお、約1時間間隔で3回観測する事を考慮して、(2.2)式には、1/3を乗じている。

2δmax=Nscan×θ          (2.1)

2αmax=1/3×1440θ/(Nscan×Δt)   (2.2)

Nscan:黄緯方向の観測数

 地球の夜側を中心に、数日間隔(本シミュレーションでは5日間隔とした)で同じ視野を3回観測する様子を、図2.1に示す。図中A〜Eの各扇の中心角は、(2.2)式の2αmaxである。シミュレーションを開始した時点での地球の反太陽方向が5日間のSGSTによる観測の中心方向になるように観測を開始する。1日毎に観測視野がAからB、C、…と変わり、6日目には再びAが観測視野となる。5日間の観測が3回終了すると、次の15日間の観測開始方向は、15日間の地球の公転角(14.8度)だけ黄経が大きくなる。

3.既検出のNEOデータ

 既に検出されているNEOとして、Lowell天文台が公開している小惑星のデータベースより、近日点距離が1.3AU以下のものを使用する。全部で407個存在する。その407個のNEOの傾斜角分布を図3.1に示す。傾斜角が40度を越えるものは少ないが、高傾斜角のNEOが検出し難い事を反映しているのかも知れない。

 NEOデータにはケプラー軌道要素だけでなく、標準等級H及び反射率Gの値も与えられている。次式を使うと、標準等級Hから小惑星の直径をラフに推定する事ができる。この式は、国立天文台におられた香西氏によるものである。

    log10D=3.65-0.20H     (3.1)

  D:小惑星の直径(km) H:標準等級  

なお、標準等級Hは、小惑星を太陽から1AUの距離に置いて、太陽から見た時の明るさである(参考文献2)。(3.1)式を使って求めた407個のNEOのサイズ分布を図3.1の棒グラフに示す。

4.相対距離を観測可否判定に用いたシミュレーション(口径3mによる27等級までの観測)

 初めに、NEOの標準等級や反射率の情報は使わず、SGSTの視野に入ったNEOがSGSTからRmax=2AU以下の距離であれば観測できるとした条件でシミュレーションを行なった。これは口径3mの望遠鏡で27等級まで観測する事に相当する。

4.1 基本的なスキャン法

 第2章に述べた基本的なスキャン法によるシミュレーション結果を述べる。観測開始日を2005年1月1日とした。図4.1に407個のNEOの90%、95%、99%を検出(概略軌道決定)するまでの年数を示す。Nscan=50における99%検出の年数が異常に大きい。これは小惑星1994 AH2の検出が遅れたためである。この小惑星の近日点半径は0.73AU、遠日点半径は4.32AUである。このようなNEOは、1AU近くでは移動速度が大きく、5日間隔の3回の観測を終える前に視野から外れてしまう事が多い。1日当たりの視野の黄経幅2αmaxが大きくなるスキャン法を採用して、5日間隔の3回観測を完了できる割合を高める事が必要である。また、このようなNEOの遠日点付近は最大距離2AUの制約のため観測できない。

4.2 黄緯幅分割観測法

 1日当たりの観測視野の黄経幅2αmaxを大きくするため、日々の黄緯方向観測幅を半分ないし1/3程度にし、逆に黄経方向の観測幅を2倍、3倍とする事を考える。5日間の観測が3回終わる15日後に、観測領域を黄緯方向にずらす。この方法を、黄緯幅分割観測法と呼ぶ事にする。図4.2に、日々の黄緯観測幅を2分割する場合(NB=2)を示す。

 黄緯幅分割観測法の効果を確認するため、2015年1月1日から観測を開始した場合に対して、基本的なスキャン法とNB=2とした黄緯幅分割観測法を使ったシミュレーションを行なった。表4.1に全数検出に要した年数を比較した。この表からすぐ分かる事は、NB=2とする事で、822年のシミュレーションでも全NEOの検出ができないという事が無くなった事である。NB=1(基本的なスキャン法)で全数検出ができていた場合でも、NB=2とする事で、必要年数が約1/3程度に減少したケースが多い(逆に、必要年数が伸びた場合もあるが)。

 図4.3に、NB=1の場合の90%、95%、99%のNEOを検出するに要する年数の直線で結んだグラフを背景に、NB=2の場合の99%を検出するに要する年数を、結ばずにプロットした。NB=2とする事で50以下のNscanにおける必要年数が大きく改善されている。NB=2の時の99%検出に必要な年数は、約40年〜80年である。90%検出の年数は約10年であり、黄緯幅分割観測法による短縮は小さい。

 以上の事から、口径3mのL4点宇宙望遠鏡を使うと、約10年で直径100mのNEOの90%検出が、40年〜80年で99%検出が可能となる事が分かる。

5.観測等級を観測可否判定に用いたシミュレーション(口径1mによる24等級までの観測)

 本章では、NEOの観測可否判定に眼視帯での観測等級を用いてシミュレーションを行なう。これにより、NEOの大きさ、反射率、太陽位相角の影響を考慮できる。小惑星の眼視帯等級は、1986年1月以降、次式が用いられている。これは小惑星の光学式と言われている(参考文献2)。式中のlogは10を底とする常用対数である。

V=H+5log(Δ・r)−2.5log{(1−G)・Φ1+G・Φ2}  (5.1)

   V:眼視帯等級値

   H:小惑星の標準等級(眼視帯で測定されたもの)

   Δ:対象天体と観測者との距離(AU単位)

   r:対象天体と太陽との距離(AU単位)

G:天体のスロープ・パラメータ(反射率の事)

Φ1とΦ2:太陽位相角の関数であり、(5.2)式で求められる。

Φi=exp{-Ai(tan(β/2))^Bi}  i=1, 2 (5.2)

A1=3.33, A2=1.87, B1=0.63, B2=1.22

β:太陽位相角(図5.1を参照)

 後に示す図5.2で分かるように、用いた407個のNEOのサイズ分布は、実際に予想されている分布(小さいものほどたくさん存在する)からは大きく離れている。第4章のように距離で観測の可否判定をするシミュレーションは、サイズ情報を使ってなく、407個全てのNEOが直径100mと想定したシミュレーションになっている。ところが、標準等級Hも使って観測等級を予測して観測の可否判定をするシミュレーションでは、単に、シミュレーションに使うNEO(直径が100m以上の364個)の90%が検出されたからと言って、実際に直径100m以上のNEOの90%が検出される訳ではない。そこで、407個のNEOを図5.2の様に幾つかのサイズの組に分け、各組の検出率が観測年数とともにどのように向上するかを調査する。

 前章では、直径100mのNEOを距離2AUで観測できるという観測限界を使用した。それは、口径3mの望遠鏡を使い5分間の積分時間で27等級まで観測する事に対応している。本章では、技術的な容易さ(特にCCD)とコスト低減を考慮して、口径を1m、観測限界を24等級(積分時間は5分間)としてシミュレーションを行なう。

 ところで、口径1mの望遠鏡の回折限界は0.1秒角であり、それにマッチしたCCDのピクセルサイズは焦点距離を5mとすると、2.4μmとなるが、現在の製品は、最小でも8〜10μm程度である。そこで分解能を0.3秒角まで落としてピクセルサイズを7.2μmとする。視野角2度を実現するには、7.2μmのピクセルサイズで24,000×24,000の素子数が必要となる。6×6=36個のCCDを使うとして、1つのCCD当たり4,000×4,000の素子数である。これは現在の最大CCD素子数4096×4096と同程度である。

 2010年観測開始、Nscan=40、NB=2の条件で観測シミュレーションを行なった。シミュレーション期間は5年、10年、15年、50年、100年、822年の6通りである。図5.2に結果を示す。棒グラフはシミュレーションに使用したNEOの個数である。折れ線グラフは各サイズの組に属するNEO個数に対する検出された個数の比である。図5.2の各値を表5.1に示した。表5.1から、直径100m付近のNEOの90%検出の年数を見積もる。”data区間”に0.1及び0.5と書いてある行が対応する。この二つの組を合わせてNEOは80個あり、50年観測の欄では検出数の和が70個、100年観測の欄では74個となっている。従って、50年〜100年の年数が必要と判断されるが、100年に近いであろう。

 90%検出に要する年数は約100年と長いが、10年〜15年程度の観測でも、直径50m〜100mのNEOの30%程度が検出される事が期待される。100mクラスのNEOは数十万個も存在すると考えられている事から、10年余りの観測で、およそ10万個の100mクラスのNEOを検出できそうである。また、直径500m〜1kmの行を見ると、5年余りの観測により、その90%を検出できる事が分かる。このクラスのNEOは、現在、世界中で協力して10台ほどの地上望遠鏡を動員して20年程度の期間を掛けて検出しようとしている所である。現時点では、アリゾナ大学のSpacewatch望遠鏡と、米空軍とNASA/JPLの共同プロジェクトであるNEAT(Near-Earth AsteroidTracking)望遠鏡が稼動していて、他にアメリカで2台、ヨーロッパで1台が動きかけようとしているが(参考文献3)、10台揃う時期ははっきりしない。この計画がなかなか進まない等の状況になった場合には、1機の1m口径のSGSTで対応する事も1つの選択肢となるであろう。

6.おわりに

 太陽−地球系L4点に設置されたSGSTによるNEO観測シミュレーションを行なった。SGSTとして、以下の2つの場合を検討した。

@口径3mで27等級まで観測する場合   (現在のCCDでは困難)

A口径1mで24等級まで観測する場合   (現在のCCDで可能性有り)

観測可否の判定は、@の場合はSGSTからの距離で行ない、Aの場合は観測等級で行なった。その結果、@の場合は、直径100m以上のNEOの90%検出は約10年、99%検出は40年〜80年かかる事、Aの場合は、直径100m以上のNEOの90%検出に50年〜100年かかる事が分かった。Aの50年〜100年という値をより正確に見積もるには、直径100mクラスのNEOの個数をもっと増やしたシミュレーションを行なう必要があろう。

 現状の技術で実現可能性があるAの場合に、90%検出に50年〜100年もかかるのは残念であるが、10年余りの短期間で、直径100mクラスのNEOの30%程度を検出できる事が分かった。これは、個数にすると約10万個にもなり、地球近傍の小天体の環境を把握するミッションとして非常に興味深いと言える。また、世界中の10台程度の地上望遠鏡で検出しようとしている直径500m〜1km以上のNEOは、Aの5年余りの観測で、その90%を検出できる事が分かり、有力な選択肢となり得ると思われる。

 本シミュレーションの実施において、磯部秀三氏(国立天文台、日本スペースガード協会会長)と吉川真氏(通信総合研究所)から有益なコメント及び支援を頂きました。感謝します。

7.参考文献

1) “Asteroid Threat Spurs New Defense Analyses”, Aviation Week & Space Technology, March 24, 1997.

2) 中野主一:パソコン天文講座 天体の軌道計算、誠文堂新光社、1992年.

3) 磯部.三:日本スペースガード協会の発足と小惑星地球衝突問題、天文教育普及研究会 平成9年年会集録.


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