ニース天文台の12カ月 -第5回-

    ニースで最高のレストラン

                      吉川 真(ニース天文台)


 この21号がお手元に届く頃は、1998年ですね。それで、まずは遅ればせながらご挨拶を。「明けましておめでとうございます。今年も、よろしくお願いいたします。」 やはり時間の過ぎるのは早いもので、1年間のフランス滞在もあっと言う間でした。このニースで書く「エッセイもどき」もこれで最後となりますが、フランスと言えばやはり「食」。ということで、最後に食べ物について、書いてみたいと思います。ただ、私自身はグルメでもなく、何を食べてもおいしいと思っていますので、この手の話題について書くにはあまり適任ではないのですが。


 日本でフランスと言ったときに最も身近なものがフランス料理。普段はフランス料理などとは関係が無いと思っていても、何かのパーティーや結婚式の披露宴など、結構食べる機会がある。では、フランスで食べる本場のフランス料理はいかに。

 フランス料理というと「ソース」、それもこってりとしたものがすぐ思い浮かぶが、フランスで食べるフランス料理でも、ソースは非常に重要である。が、日本で思われているほど、こってりとしたものばかりではない。もちろん、フランスでも地方によって異なるのであろうが、ニースあたりで食べるフランス料理については、こってりとしたソースは少ない。むしろ、どちらかというとあっさりめのソースが多く、我々日本人にとっても、食べていてあまり重たく感じられなくていい。当然、味もよい。特に、ニースあたりだとイタリアに近いせいで、イタリア料理の傾向もかなり入っており、ピザやスパゲッティーなども非常においしい。さらに海産物もいけるし、ワインも安くておいしい。ということで、ついつい食べ過ぎ飲み過ぎとなってしまい、体重が気になるということになる。

 さて、そのニースであるが、どのレストランが一番おいしいか。ニースにいらしたことのある方や旅行通の方ならご存じかも知れないが、ニースにはネグレスコ・ホテルという超高級ホテルがある。このホテル内にあるレストラン“Chantecler”がニースでは最高のレストランということになっている。このレストランは、有名なガイドブックのミシュランの赤でも2つ星を獲得しており、その味は確かなものなのであろう。ただし、お値段もそれなりにはする。(でも、コースで食べて1万円くらいなので、日本的な感覚からすると「超高級」にしてはかなり安い。)

 しかし、本当にニースで最高のレストランは、別の所にある。それは、ニース天文台の食堂である。まず、その見晴らし。ニース天文台の食堂は、ニースの街が一望にできるところにある。おそらく、見晴らしのいいことにかけてはニース一であろう。確認したわけではないが、多分ニース付近で最も高い位置にあるレストランだ。そして、もちろん、見晴らしだけではない。その味も、またすばらしい。ここでは、高級レストランの食事とはまた違った、どちらかというと家庭料理的な味が楽しめるのである。

写真1

 それもそのはずで、実は食堂のシェフの食事に対する意気込みから違うのである。食堂のシェフの名はビクトール。彼は、以前は大きなレストランで働いていたそうだが、多人数の食事を作るのがあまり好きではなかった。それで、もっと小さなところで働きたいということで、天文台の食堂に来たそうだ。

 ニース天文台の食堂では、昼食しか提供されない。また、メニューもその日毎に1種類である。でも内容は非常に充実している。では、その内容はというと、まず前菜が1種類。次にメインとして普通2品ぐらい出て、その後、チーズかヨーグルト。そして、デザートにコーヒーと続く。もちろん、パンと水はあり、飲みたい人にはワインやビールもある(ただし、お酒は別料金)。前菜としては、サラダやピザまたは野菜を料理したものがでることが多く、メインとしては、ステーキを初めとして各種の肉ないし魚料理と野菜を料理したものが出される。この場合も、ソースとしてこってりしたものがかけられていることはない。いつもお代わりしたくなるような味である。デザートについても、果物だけのときもあるがかなり凝ったケーキやタルトなどが出されることの方が多い。

 これだけ食べて私が1食あたりに支払っている金額は約22フラン(450円くらい)。金額的には、日本の職場で食べている昼食とほぼ同じであるが、内容があまりにも違いすぎる。この昼食代は、もらっている給料によっても異なり、学生のように給料をもらっていない場合は300円弱で、職員の場合では最高でも500円ちょっとである。(ちなみに部外者の場合は千円くらい取っているようである。ただし、部外者といっても天文台やその職員となんらかの関係がある人のようで、全く関係のない一般の人は、残念ながら天文台に勝手に入ることはできない。)

 さらに驚かされるのは、メニューは1種類と書いたが、個別にも対応してくれるということである。つまり、確かに天文台の食堂で出される料理はおいしいのだが、中には肉が苦手な人とか野菜などに好き嫌いがある人、または調理法に好みがある人などがいる。そのような人のために、別の料理を出してくれるのである。それだけ、食事というものを楽しく食べるということを重要視しているのである。ここには、「同じ釜の飯を食べる」という発想は無い。

 シェフのビクトールも食事中にしょっちゅう顔をだしてきて、食べている人と歓談している。たいてい、みんなからこの料理はすばらしいという声がかかっているようである。 天文台の食堂で食事を食べている人は、平均して毎日50人くらいいる。したがって、いくら人数が少ないと言っても、これだけの食事を1人のシェフで作ってサービスすることはできない。ニース天文台の食堂では、シェフ以外に2、3人が働いている。天文台のような研究機関において、これだけ「食」に力をいれているのはやはり「さすがフランス」と言わざるを得ない。もちろん、これだけの食材や人件費を1人1食450円程度でまかなえるはずはないので、国からかなりの補助が出ているのであろう。

写真2

 ということで、日本の私の職場とニース天文台とを比べた場合、最も異なるのはこの「昼食」である。その他は、同じ研究をしている機関なので、さして変わりはない。ただ、ちょっとだけ問題がある。それは、昼食に最低でも1時間、場合によると1時間半くらいかかってしまうことである。忙しいときなど、これはきつい。そう思うのもやはり日本人であるからであろうか。(と思ったら、同室のフランス人の学生も、忙しいために毎日は食堂では食べていないようだ。)

 また、これだけ時間をかけて食べるわけで、当然、おしゃべりが中心になる。おしゃべりにはフランス語の能力に加えて、いろいろな話題を知っていなければいけないが、これはやはり難しい。自由に話すことができれば、食事はさらにおいしくなるのだが。この域まで到達するには、まだまだ修行が必要だ。残る最後の問題は、体重が増えてしまうこと。これは、運動するしかない。

 フランスは総じて「人生を楽しむことを最重要視している国」とでも言うことができようか。「食」もその1つなのであろう。昼食を10分程度で終わらせてしまう国とどちらがいいのかは一概に言うことはできないが、「10分昼食」の国もこのあたりで、少しは人生を楽しむことに時間をかけてもいいような気がする。

(1997年12月2日:再びクリスマスのイルミネーションが輝きだしたニースより。帰国を6日後にひかえて。)

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写真1:ニース天文台のレストラン外観。外見はただの倉庫のようですが・・・。

写真2:天文台レストランのシェフとその補佐のみなさん。一番左がシェフのビクトール。

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醤油はOK。でもソースには注意!

 ニースに来る前、フランスでの食事についてはあまり心配していませんでした。それでも、醤油くらいは持っていった方が安心というわけで、手荷物に醤油を入れて来ました。実際は、ニースのように日本食品がほとんど売られていないようなところですら、醤油は簡単に買うことができます。それも「キッコーマン」と書いてある1リットル詰めです。もちろん、味は変わりません。ということで、醤油については不自由はありません。

 ところが、ソースはありません。ソースといってもフランス料理のソースではなくて、トンカツソースやウスターソースのことです。似たようなものは見つけましたが、味が違ってちょっと使えませんでした。ということで、醤油の代わりにソースを持ってくるべきでした。このソースというのは、日本独特のものなのですね。詳しくご存じの方がいらっしゃれば教えて下さい。

 一見、ソースの方が国際的で醤油の方が純日本的なものと思えますが、実際は逆なようですね。

[ちなみに、イギリスの友人に聞いたところ、イギリスの Worcester sauce(こちらが本家?)も日本のウスターソースとは少し味が違うそうです。でも代用品にはなるとのことでした。]                                      (ニースにて  吉川 真)

        写真は「眠れる森の美女」のモデルとなったユッセ城

「牡蛎の食べ放題」 

 これは今回のニース滞在の時ではなくて、2年ほど前にフランスに来たときの話です。パリで天文の国際的な研究集会が開かれましたが、集会の後で前から知り合いのフランス人の友人らと計4人で牡蛎(カキ)の食べ放題を食べに行きました。生牡蛎が大好物であるという4人です。お店に入って、テーブルに座り、さっそく生牡蛎を注文しました。4人ということで、最初には一抱えもあるような大きなお盆の上に沢山の牡蛎が載ったものが出てきました。これを、特性のたれまたはレモンの汁をつけて食べます。非常においしかったので、あっと言う間に無くなってしまいました。

 食べ放題ですから、お盆の上の牡蛎が無くなると取り替えてくれます。2皿目も同じ大きさのお盆に沢山牡蛎が載ってきました。2皿目もなんなく平らげて、3皿目。このときは、若干お盆の大きさが小さくなったような気がしました。でも気にせず食べて、4皿目。4皿目になると明らかにお盆の大きさが小さくなりました。最初のお盆の半分くらいです。それでもまだ気にせずに平らげて、5皿目になると、小さなお皿に牡蛎が8個くらい載っているだけ。さすがにこれを食べた後でお店を後にしました。

 お店の方もさすがに我々に居座られるとまずいと思ったのでしょう。いずれにしても、こちらの生牡蛎は非常においしいです。牡蛎というと確かに食中毒が気になりますが、そんなこと気にしていられないくらいです。                           (ニースにて  吉川 真)

    写真は陸と海の境の砂地に浮かぶ島、モン・サン・ミッシェル


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