建設に向かうスペースガード望遠鏡

                       磯部 秀三(国立天文台)


 日本スペースガード協会が目的とする最大のものは、地球に危機をもたらし得る小惑星を全て検出することである。そのためには有効な望遠鏡を建設しなければならない。協会の発足以来、運営委員を中心として会員諸氏の支援を得て、その実現に向かって努力してきた。そして、ようやくその実現の可能性が強くなってきた。まだ不確実な要素も残っているが、ここでは現在の状況を示すことによって、スペースガード望遠鏡建設実現に向かって会員諸氏の今後のより強力な支援をお願いしたいと思う。

1.スペースガード望遠鏡への道

 これまでにも書いたが、地球規模のカタストロフィーをもたらす直径1km以上の危険小惑星を全検出するには21.5等級まで観測しうる口径1mの望遠鏡が20台程度必要である。また、一国全体が壊滅する直径100m以上のものでは、26.5等級まで観測しうる望遠鏡が必要で、地上望遠鏡では口径10mを越える巨大なものになってしまうので、協会では月面望遠鏡の建設を提案している。

 これらの望遠鏡を実現するためには、協会が大きくなり、会費や寄付などによる自己資金を十分に持つ事も重要である。そのためには協会が財団へと発展する必要があるが、そのレベルになるまでは、もうしばらくの時間がかかるであろう。

 もう一つの道は国レベルでこの問題を考えてもらい、国の予算を使って建設する事である。しかし、これを実現するのはそれほど易しい事ではない。幸い、私は国のいろいろの機関と直接話をするチャンスがあった。協会の活動を説明し、かなりの理解を得る事ができた。しかし、これまでの国の枠組にない新しい試みを始めることは決して簡単な事でなかった。国の機関が財団ではなく、私的な協会を支援する事は不可能であった。

 近年、宇宙開発が華やかに進展している。しかし、その裏側ではスペースデブリが問題となってきている。ロケットや使用済み人工衛星、それらの破片がごみとなって地球の周りを回っていて、活動中の人工衛星に高速で衝突して破壊する可能性が高くなってきている。そして、科学技術庁、航空宇宙技術研究所と宇宙開発事業団がこのデブリ問題の対策を考え始めていた。幸い、私も宇宙開発事業団と協力して、デブリの実験的な観測を始めていた。そして、その観測方法のかなりの部分が小惑星観測の手法と似ている事を明らかにしていた。また、小惑星の破片も自然のデブリとして人工衛星に衝突する可能性も議論されてもいる。

 これらの事情を考慮して、科学技術庁から地球近傍小惑星ばかりでなく、デブリをも観測するシステムの提案がなされている。デブリのためには光学望遠鏡ばかりでなく、レーダー望遠鏡の建設計画が含まれている。現在のところ、この可視光とレーダーの望遠鏡を5年次計画で建設する予算が計上されていて、平成10年予算案の中に含まれている。この計画の詳細はまだ協会と他の機関と協議中である。しかし、光学望遠鏡の仕様の作成には私を含む協会のメンバー数人が参加している。最終的には全体計画と調整する必要があるが、ここでは私達が現在考えている光学観測システムを簡単に紹介する。詳細は計画が固まった時点で記す事にするが、会員諸氏は遠慮なく質問し、意見を出してほしい。

2.地上スペースガード望遠鏡

 現在、スペースガード観測目的として最も活躍している望遠鏡はアリゾナ大学のスペースウォッチ望遠鏡である。しかし、この望遠鏡は古い型の望遠鏡を転用したもので、視野が0.5度しかない。アメリカ空軍が人工衛星追跡用に作ったGEODSS望遠鏡が世界に配備されているが、そのうち2台を改修してスペースガード用に使えるようになっている。ハワイのハレアカラ山にあるNEAT望遠鏡では1.6度の視野を利用して、成果を徐々にあげつつある。ニューメキシコのものも動き出すであろうが、両者ともスペースガード用に最適化されたものではない。ヨーロッパ宇宙機構(ESA)が日本と同じようにスペースデブリ観測と共用の1m望遠鏡を作っていて、ようやく観測を始めようとしている。これも古い望遠鏡を改修したもので、視野は1.0度である。これまでの望遠鏡は何れも口径1m程度である。ローウェル天文台では0.5mシュミット望遠鏡で、小惑星帯からかなり地球に近づいた時に地球近傍小惑星を見つけ出そうという計画をしている。残念ながら、まだ良い結果を出すには問題があるようである。

 前号で示したスペースウォッチ望遠鏡は、スペースガード用に最初から設計された初めての望遠鏡である。口径が1.8mあり、視野も1.5度あるので、かなり活躍が期待される。しかし、この望遠鏡も主鏡は同じ大学の多重鏡望遠鏡からもらったものなので、かなり制限があり、焦点位置が主鏡と第二鏡の中間にあるという特殊なものとなっている。望遠鏡は完成したが、まだ4k×4kという大きなよいCCDが手に入らないので、十分な活躍ができないでいる。

 幸か不幸か日本には1mクラスの望遠鏡で使われなくなったものはない。そのような望遠鏡があっても視野がせいぜい0.5度しかないので、十分な観測は難しい。今回は望遠鏡を全て1から設計することができる。スペースガード用に最適化にすることができるのである。

 目標は地球規模のカタストロフィーをもたらしうる直径1km以上のものを全検出することである。そのため21.5等級の小惑星が効率的に観測できるよう口径1mとする。口径が大きい方がよいように思えるが、以下に示すような問題点も出てくるので、この口径はかなり重要な意味を持つ。

 視野が広い望遠鏡にはシュミット望遠鏡がある。東京大学木曽観測所には主鏡が150cmのシュミット望遠鏡があり、視野が6度である。しかし、このタイプの望遠鏡は巨大なシュミット補正レンズが必要で、有効口径が105cmしかない。つまり、口径の割にははるかに高価なのである。さらに焦点面が平面ではなく、凸面になっている。写真乾板を焦点上で曲げてこの凸面に合わせているが、CCD素子をこの面に合わせて作る事は実際上不可能である。

 CCDの画素1個分に星の光が入ると、光を集めるという意味では最も効率的である。しかし、星が1画素の中のどこにいるかわからない。私達は天体の位置もより精度よく決めなければならないので、星像を2×2=4個の素子に振り分けるのが検出と位置決定の両者にとって最も都合がよい。CCDの素子サイズを15ミクロンまたは24ミクロンとして大気のゆらぎによる星像の拡大を2秒角(日本で最も条件のよい場所の典型的な値)とすると望遠鏡の焦点距離3mないし5mにしなければならない。口径1mであるから、F3またはF5ということになる。ここで口径を2mとすると、F1.5またはF2.5となり、このような明るくて視野の広い光学系の製作はかなり困難と

なる。

 F3の場合、3度の視野は162mmにもなる。このような大きなCCDは単体ではない。多数のCCDを並べるモザイクCCDにする必要がある。例えば素子サイズ15ミクロンの2k×4kのCCD(30mm×60mm)では6個×2列+2個=14個のモザイクとなる。CCD素子を光学系の焦点深度は狭く100ミクロン以下である。この両者を適合させられる望遠鏡とCCDが製作できるかが成功のための要因となる。F5の光学系であれば、焦点深度の問題が楽になるが、視野3度が259mmにもなる。私が知っている限り、素子サイズが24ミクロンあるCCDで最大のものは2k×2kで、必要なCCDの数は30個あまりになってしまう。しかもこのタイプのものは素子と素子を隣り合わせにくっつけられないので、隙間だらけの画像しか得られない事になる。

 望遠鏡の架台はスペースガード用には赤道儀式がよい。小惑星の位置は恒星の位置を基準にして求めるので、露出さえすればよい。しかしスペース・デブリではその位置を高度・方位角で求めるので、経緯儀式の方が都合がよい。この場合、露出中、恒星は視野の中で回転するので、その補正系を導入しなければならなく、小惑星ばかりでなくスペース・デブリの観測でも露出が長くなると問題となる。主に、位置決定精度のよい赤道儀式架台を作る方向での追求を進めている。

 5分間の露出で21.5等級の天体を撮像できる。CCDからの読み出し時間を1.5分位、望遠鏡を他の方向に向けるのに1分として約8分毎に多量のデータが出力される。一晩で約100Gbitのデータとなる。これをどう処理するかが1つの問題となるが、平行処理など、今後のソフトウェア開発が必要である。一方、毎夜、1万個近くの小惑星が検出され、そのうち10個あまりが地球近傍小惑星であろう。小惑星の軌道決定までには数日後、1カ月後、1年後、数年後と繰り返し観測し、位置決定をしなければならない。スペースガード望遠鏡をそのために使う事もできるが、できるだけ検出用に使いたい。一度検出された小惑星は、その動きがほぼ求められている。その動きに合わせて露出すれば、長時間露出が可能になる。その場合、同じ21.5等級でも例えば口径50cmの望遠鏡で20分あまり露出をすれば捉える事ができる。そのための補助望遠鏡は非常に有効である。この望遠鏡は視野が大きい必要がなく、特に新しい技術は必要ではない。

3.実現に向けて

 この記事が出る頃には、かなり議論が進んでいると思う。しかし、まだ最終仕様決定までには2−3カ月あるので、追加修正は可能である。また、スペース・デブリ観測の立場から強い要請があるかもしれない。私達が最も気にしているのは観測時間の割り振りである。もし、スペースガード用の観測割り当てが少ないなら、この計画から撤退することも選択肢の1つと思っている。他グループと協力しながらも主張するところはしっかりとしていきたいと思う。

 本稿では月面でのスペースガード望遠鏡について書くことができなかった。この方も議論が進んでいる。そのような作業の中で大きな力になるのは、スペースガード問題に対して理解を示してくれる人の数である。協会が拡大する事も重要である。会員数400名に近い名簿を示しながら話をすると、耳を傾けてくれる人も多い。会員数が何千人何万人となれば強力な力となるであろう。全ての会員の方に望遠鏡建設に直接関わってもらうこともできないし、その必要もないであろう。しかし、協会の目的への理解者を増やすという意味で、会員数の増強に多くの方が是非協力してほしいと思うし、また、それがなければ地上のスペースガード望遠鏡の国際協力への発展は難しいし、月面でのスペースガード望遠鏡実現はより難しいであろう。繰り返しになるが、会員諸氏の絶大なる支援をお願いしたい。


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