スペースガード地上望遠鏡による

          NEO観測シミュレーション

                       歌島昌由(宇宙開発事業団)


1.はじめに

 前回までは、宇宙望遠鏡(SGST)でNEO (Near Earth Object)を検出し概略軌道決定する事を考えた。今回は、地上望遠鏡による観測を考えるが、その前に、前回の内容を補足する。前回の第5章にて、口径1mのSGSTで直径100mのNEOを90%概略軌道決定できる年数をおよそ100年と述べた。シミュレーションに用いた100m級のNEOの個数が少なく、自信を持って言える状況ではなかった。そこで、407個のNEOの標準等級が全て23.25 (直径100mに相当)であるとしたシミュレーションをやってみた。その結果を図1に示す。複数の折れ線は観測開始年が異なった時の結果を示す。90%の概略軌道決定に約1000年もかかる事となった。

 話を地上望遠鏡に戻す。現在、衝突により大陸規模以上の被害をもたらす恐れのある直径500m又は1km以上のNEOの殆どを見つけ出す事が、幾つかの地上望遠鏡を使って行われている。そのようなNEOは、数千個存在すると言われているが、まだ1割程度が軌道決定されているに過ぎない。本資料では、各国が協力して口径1m級の地上望遠鏡10台をNEO観測専用に運用した場合に、何年間観測を続けると何%のNEO(直径500m又は1km以上のもの)を概略軌道決定できるかを知る目的で行なったシミュレーションについて述べる。以下では、この望遠鏡をSGGT(SpaceGuard Ground Telescope)と呼ぶ。

 初めに、「検出」の定義を述べる。本資料では以下の(1)ができた時に「検出された」と定義し、このための観測を「検出観測」と呼ぶ。

(1)あるNEOを、約1時間間隔で3回観測できた。

 (検出観測)小天体を「検出」しただけでは不十分であり、同じ小天体の検出観測を複数回行なって軌道決定まで行なう必要がある。ここでは、数ヶ月後でも地上望遠鏡で捕らえる事ができる程度の精度を持つ軌道決定を「概略軌道決定」と定義し、そのために必要な観測として、以下の(2)を仮定する。(2)を「(概略)軌道決定観測」

と呼ぶ事にする。

(2)数日間隔で、同じNEOを3回、検出観測できた。(軌道決定観測)

 ここでは、世界中の10台のSGGTの各々は検出観測だけを行ない、別のSGGTによる検出観測データと組み合わせて概略軌道決定を行なうとした場合を考える。

2.シミュレーションにおける近似とSGGTの基本性能

2.1 シミュレーションにおける近似

 あるNEOを観測できるかどうかの判定は1日間隔で行なう。1日間隔で望遠鏡の位置(地球中心で代用)と観測方向、NEOの位置を計算し、NEOが望遠鏡の視野に入っているかどうかを調べる。入っていれば、NEOの標準等級、反射率と太陽位相角を使って観測等級を求め、それが後述する望遠鏡の観測限界値(22等級)より明るい時に観測できると判定する。

 地上望遠鏡の場合は、晴天で月が明るくない夜しか観測に適さない。これらを考慮した厳密なシミュレーションは非常に複雑になる事が予想されたため、ここでは、雨と月の影響は全く無視してシミュレーションを行ない、その結果得られる「X%のNEOを検出するのに必要な年数」を年間平均の晴天率と月の影響を受けない夜の比率で割る事で、雨と月の影響を考慮した近似的な検出年数を求める事にする。月の影響を受けない夜の比率として0.5を使用し、年間平均晴天率は2.3節に述べる値(全世界平均として0.66)を使用する。

 また、夜の長さも季節によって変化するが、本シミュレーションでは一定値を使用する。その値として、春分、秋分の頃の夜の長さ(年間平均値)を使う。18時の日の入りから翌日の6時の日の出までが夜であるが、日の入り後の1時間と日の出前の1時間を除いた10時間を、観測できる1夜の長さと設定する。

 以上の仮定から、本資料で推定するNEO概略軌道決定に要する年数は、実際のシステムが必要とする年数の下限値に相当するものとなろう。と言うのは、世界中のSGGTの理想的な協力関係が不可欠である上に、天候などの影響で無駄になる検出観測も出てくる事が予想されるからである。

2.2 SGGTの基本性能

 SGGTの基本性能として、以下を仮定する。

(1)口径 :1m程度

(2)視野角θ :2度

(3)積分時間Δt :8分間(観測中は望遠鏡を固定して地球自転(0.2507度/分)を利用。)

2度/0.2507度/分≒8分

(4)観測限界 :22等級

2.3 望遠鏡サイトの晴天率

 SGGTの観測日数は、設置場所の晴天率に大きく影響される。世界の天文台が設置されている南米アンデスのアタカマ砂漠では、1年に300日以上も晴れるという(参考文献1)。参考までに、1951年から1980年の30年間の東京と大阪の天気出現率を調査した(参考文献2)。図2に月別の晴天日数を示す。年間平均の晴天率は、東京が54%、大阪が58%であった。以上の事から、日本の晴天率を0.5と考える。世界中の10台のSGGTによる共同観測の場合には、全世界の平均的な晴天率が必要となる。アタカマ砂漠の晴天率を、1年に300日晴れるとして、82%と考え、日本の50%とアタカマ砂漠の82%との平均の66%を、全世界平均の晴天率と仮定する。

3.シミュレーション法

 大気の影響をなるべく受けない様にするため、可能な限り、観測方向のエレベーションが大きくなるようにする。SGSTでは黄道面座標で観測方向を考えたが、SGGTでは地球自転を利用するので赤道面座標で観測方向を考える。

 図3に観測方向の赤経・赤緯の変化を示す。約1時間間隔(本シミュレーションでは50分間隔とした)で3回同じ視野を観測するが、観測方向のエレベーションが大きくなるように、1日の観測エリアは赤経方向に分離して配置した。観測方向の赤緯を毎日視野角の2度ずつ変えて行き、Nscan日間の観測が終わると最初の赤緯に戻る。つまり、黄緯方向の観測幅を、視野角(2度)×Nscanとし、Nscanを変えて望ましい値を検討する。elevationの下限値を設定し、それを満足する限り、図3の観測エリアの赤緯方向の中心は、黄道面方向に合わせる。なお、図3において観測方向の赤経が毎日少しずつ(0.9856度)大きくなっているのは、毎日同じ時刻に観測し、観測方向は地球に対して一定としているために、地球の公転角だけずれるためである。elevation下限値として30度を使った。

4.既検出のNEOデータ

 Lowell天文台が公開している小惑星のデータベースに、近日点距離が1.3AU以下のNEOが407個存在する(1997年2月の時点にて)。ここでは、その中で直径が500m以上と考えられる299個を対象にシミュレーションを行なう。

 図4に、407個のNEOのサイズ分布を示す。これを見ると、直径500m〜1kmの個数(76)よりも、1km〜5kmの個数(193)の方が多い。ところが、真のNEO分布は小さいものほどたくさん存在する様な分布と考えられている。よって、直径500m以上の299個を用いたシミュレーションで得られる検出年数は、真の分布を持つNEOデータで1km以上のものを対象にした結果に近い値が得られると考えられる。

5.シミュレーション結果

 図5に、雨と月の影響を無視した結果を示す。検出比率として80%、90%、95%の3ケースを示した。各ケースに含まれる5本の折れ線は、5通りの観測開始年に対応している。Nscanとしては、25〜40が妥当である。但し、NEOの真の傾斜角分布が、シミュレーションに使用した分布から大きくずれていれば、この結果は変わるであろう。

 Nscan=25がベストと判断し、その場合の5つの観測開始年における検出年数の平均値を表1に示す。全世界の10台の望遠鏡を使用する場合の80%、90%、95%検出に要する年数も記した。なお、これらの年数は、検出のみに要する値であり、前述の概略軌道決定に要する年数に変換するには、3を乗じる必要があり、90%の概略軌道決定には約13年必要となる。

6.おわりに

 全世界で10台のスペースガード専用の1mクラスの地上望遠鏡を運用した場合に、直径500m〜1km以上のNEOをどのくらいの早さで概略軌道決定できるかをシミュレーションにより推定した。これらの望遠鏡の協力が理想的に行われれば、90%のNEOの概略軌道決定を十数年で達成できる可能性のある事が分かった。10台の望遠鏡を使った効率の良い検出観測システムの構築が重要である。

7.参考文献

1) 野本陽代:サイエンス・イン・ピクチャー「アンデスに集まる世界の天文台」、日経サイエンス1997年11月号.

2) 中村 繁・北村幸房:気象データマニュアル (理科年表読本)、丸善株式会社、1987年.


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