映画“ディープインパクト”を見て

                       磯部 秀三(国立天文台)


 毎日新聞社に頼まれ、ディープ・インパクトの試写会の前座として講演しました。私達が普段行っている天文講演の聴衆とはかなり異なったタイプの人々が来ていました。私達日本スペースガード協会の努力ではとても接触できない人々に天体衝突について考えてもらうチャンスを作った点で、この映画の意味は大いにあると言えるでしょう。

 天体衝突に関する映画(テレビ映画も含めて)には次のようなものがありました。1980年に発表されたアルバレツ父子の天体衝突による恐竜絶滅説がかなり受け入れられ、1991年にユカタン半島に直径180kmものクレータが発見されて、より確実になって以後、製作本数が増えてきています。

       表 天体衝突の映画

1951 When Worlds Collide 世界が衝突する時

1958 The Day the Sky Exploded 空が爆発する日

1970 On the Comet 彗星

1978 Fire in the Sky 空に輝やく炎

1979 Meteor 流星

1984 Night of the Comet 彗星の見える夜

1994 Without Warning 予告なしに

1996 Within the Rock 岩の塊の中に

1997 Falling Fire 降りくる炎

1998 Deep Impact 激しい衝突

1998 Armageddon アルマゲドン

 映画の物語としては、とても考えさせるところがあり、ある意味では感動的でした。しかし、何事もアメリカ中心的で、非アメリカ人としては少々複雑な感じで見ましたが、ぜひ皆さんも御覧になって下さい。

 科学的にはかなり誤りがあります。天文学者ウルフが1回の観測で彗星が衝突軌道にあることを見つけていますが、これは天体の軌道決定ではあり得ないことです。少なくとも3夜、できれば3カ月の観測が必要です。コンサルタントに、カロライン・シューメーカーの名前がありましたが、彼女はe-mailで研究者仲間に「私は最初の段階で相談されただけで、細かい話のレベルの相談を受けられなかったのに名前を載せされた」と不満を述べていました。

 彗星の名前も、ウォルフ・ビーダーマン彗星となっていて、第一発見者と第二発見者の順序が逆になっているばかりでなく、ウォルフは確認観測をしただけなので、名前に含むべきではありません。

 衝突の2年前に少年が見つけた彗星を、1年前の段階になるまで他の天体観測家が発見できなかったのも不自然です。今年の3月の1998XF11の2028年の衝突騒動の後、アメリカでは衝突が確実になるまで発表しないなどとNASA等の政府関係者が言っているのと同じくらいナンセンスです。地球に接近する小惑星・彗星の発見は、アマチュア天文家でもどんどんできている事を気づいていない人がNASA等のおえら方にいることを示しています。

 最も重大な誤りは、分裂した彗星の2kmもある破片が地球に衝突しています。これだけで人類文明を絶滅させるのに十分です。衝突によって巻き上げられた塵によって1年も2年も太陽光が射さなくて、食物生産は完全に途絶えてしまいます。

 日本での配給元の一つの松竹映画から劇場用パンフレットのためにいくつかの質問を受けました。その質問と答えを示しておきます。この映画は科学的に多くの誤りを犯しています。しかし、多くの人が天体衝突について少しでも考えてくれます。より正しい知識を持ってもらうためには今がチャンスだと思います。皆さんも周りの人々に天体衝突の問題点に対する正しい知識を伝えて下さい。

質疑応答

質問1 映画では、発見してから1年間という短い時間で地球と衝突することになっていますが、新聞記事では2028年に地球に衝突するかもしれない彗星のことが報道されていたりします。彗星の接近(衝突するかもという可能性も含めて)は、いったいどれほど前に予測できるものなのでしょうか?

答え1 私の聞いた範囲では、少年が見つけたのは2年前とのことである。彗星には短周期彗星と長周期彗星があり、短周期彗星(周期200年以下)は、いつ地球軌道に接近するか前もってわかっている。長周期彗星はこれまで未検出なものなので、突然映画の場合のように地球に近づいてくるのが発見される。ウォルフ・ベイダーマン彗星のように、数年前に発見されるのが通例である。しかし、2年前に発見するにはリオ少年のように小さな望遠鏡で肉眼では無理である。1年前の発見なら何とか可能ではあるが、リオ少年がかなり熟練している必要がある。リオ少年の発見の約1カ月後にウォルフが確認観測をしているが、その間に他の人の観測がないのは不自然である。また、ウォルフが直ちに衝突軌道にあるという事は他の観測なしにはあり得ないことである。追跡観測をしてから初めて言えることであるが、限られた時間の映画ではそのために物語が冗長になるのを避けたものと思う。なお、このような発見のケースには彗星の名前はビーダーマン彗星となるべきで、ウォルフの名前もがあるのはおかしい。

 小惑星の場合には、発見後、軌道が確定すると数百年程度先までいつ衝突するか予報できるので、1997XF11という小惑星が2028年に地球に近づくことが示せたのである。

質問2 映画に登場する彗星はNYのマンハッタン島位の大きさとなっていますが、実際我々が耳にするヘール・ボップ彗星とか、シューメーカー・レビー彗星とかの規模はどのくらいなのでしょうか?

答え2 彗星の大きさは、通常、10km前後である。百武彗星の場合は100km近いものであった。

質問3 さらに、彗星に関して、その大きさを何段階かに分けてそれぞれどの程度の被害を引き起こすものであるか、具体的に分類していただけないでしょうか?

(例)・中央区ぐらいの大きさ…水爆◎個分の破壊力−東京駅に落下したら、品川駅まで焼け野原になる

  ・東京都ぐらいの大きさ…水爆◎個分の破壊力−小田原まで全滅(等、できれば具体的にお願いします)。

答え3 直径 10m 0.025メガトン(広島型原爆1発分) 地球大気中で燃え尽きる

     直径60m 20メガトン   1908年6月30日シベリア・ツングースカ爆発、 約100kmの地帯の森林がなぎ倒される

    直径150m 340メガトン   約2kmのクレータ、約100kmの地域が壊滅

    直径500m 13,000メガトン 核の冬と同じエネルギー、全世界に影響

    直径1km 10万メガトン   約20kmのクレータ、約1,000kmの地域が瞬時に壊滅、 世界的に寒冷化     (1〜5年)、その後温暖化(〜100年)

    直径10km 1億メガトン   約200kmのクレータ、数千kmの地域壊滅、 世界的な寒冷化(平均気温0度以下)、その後の温暖化(数百年)、恐竜絶滅、人類絶滅

 映画では直径2kmの小彗星が最初に落下することになっている。衝突直後の描写はおおむね正しいが、その後の影響が全く考慮されていない。この衝突だけで人類文明が壊滅することは間違いない。津波の効果は比較的正しく扱われている。

質問4 また、数年前、関東地方に隕石が落ちた際も災害には至りませんでしたが、大きな衝撃を感じました。そこで、隕石と彗星の区別はどんなところで分類しているのでしょうか?

答え4 隕石となって落下するのは小惑星の破片がほとんどである。しかし、直径20〜30m以上のものが突入して来た時の災害レベルは彗星でも小惑星でも大差はないと考えてよい。彗星の場合、氷などでできているので、小片であれば突入時に全て昇華する。小惑星小片ではかなり昇華するが、石粒や鉄粒が残って隕石となって落下する。

質問5 映画では最初の彗星(爆破させて、1個だったマンハッタン島大の彗星の約3分の1弱の大きさになる)が大西洋沖に落下して南北米大陸、欧州に甚大な被害を与える様が描かれていますが、その時日本付近にはどのような被害が予測されるのでしょうか?

答え5 大西洋に落下した時に起こる津波の影響は、日本にはほとんどない。しかし、その後の世界的な寒冷化により、シベリアや北極のような気温が1〜3年続いて、穀物生産ができなくなる。

質問6 スペースガード協会は具体的にどのような活動をされているのでしょうか?

答え6 協会の会報の通りである。簡単に書くと、天体衝突の重大性を科学的に正しく、国際的な協力の下に、より多くの方々に伝え、御理解をいただく事である。この映画は天体衝突があり得ることを知らせるという意味では大いに役立ち、有り難いことである。しかし、もう少し科学的な忠実さを入れてもらえればよりよかったと思う。もう一つの重要な事は、地球に衝突する可能性のある小惑星を全て検出し、何年後の何時に衝突するかを明らかにすることである。この事に関して、現在、日本でも観測のための望遠鏡の建設を科学技術庁の下で始めている段階である。

質問7 映画では人類絶滅への対応策としてアメリカ政府が全国民の中から100万人を選別し、動植物も含めて地下シェルターに避難させることで種の延命を図っています。そこで、質問6に関連することと思いますが、日本では実際に彗星災害に対して政府内などで具体的な対応策が協議されているのでしょうか? またそれはどんなものなのでしょうか?

答え7 日本では、日本スペースガード協会の強い要請で望遠鏡の建設へとスタートした。アメリカやロシアの軍関係では、地球防衛のための観測体制ばかりでなく、迎撃核ミサイルの保持が強く言われている。しかし、日本スペースガード協会では直径1kmの小惑星の衝突確率が50万年に1回である事を考慮すると、今から即戦体制の核ミサイルを多数発準備することは危険率に対して必要なコストがはるかに大きいものとなり、賛成していない。まず観測網を充実して20−30年以内で危険な小惑星を全て把握して、何年後に衝突がある得る(または近い将来にはない)のかを明らかにするのが第一である。それでは映画のように2年後に衝突するとわかった時にどうするのかという問題がでてくる。私達は核ミサイルを維持する方がより危険であるとの認識に立っているが、その答えは高度な政治的文化的な判断からなされるべきである。

その他

 宇宙飛行チームが彗星の上で作業する姿はかなりリアリスティックである。彗星表面がいかに重力作用が小さいかを(十分ではないが)示している。彗星表面が現在、科学者が考えているより凸凹が多過ぎである。どちらかというともっとスムーズな表面であるべきである。彗星表面を砕き、内部が見えた時にだいだい色だったのは地球のマグマを想像させよくない。表面も土にまみれた雪だるまのようにもっと反射率が低いし、内部も同様である。彗星の朝に相当するところで、急にガスが吹き出すのも問題である。太陽光によって表面下の物質が徐々に暖められ、ガス圧が高くなり、急に吹き出すのである。また、吹き出すジェットは毎秒1km近くあり、人間が近づけないレベルである。この辺りはSFとして、目をつむる必要があるかもしれない。

 その他細かい点で科学的ではない点がいくつもあるが、全体のストーリー上、やむを得ないところと言えるかもしれない。何れにしても、この映画を多く(何百万人)の人が見て、天体の地球衝突問題に対する正しい認識を持ってもらえれば幸いである。


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