[あすてろいどレター]

 疑似データによるNEOの観測シミュレーション

                       歌島昌由(宇宙開発事業団)


1.はじめに

 前回まで、地球に接近する小天体(NEO : Near Earth Object)を専用の宇宙望遠鏡(SGST : SpaceGuard Space Telescope)及び地上望遠鏡(SGGT : SpaceGuard Ground Telescope)で検出するシミュレーションの話をしてきた。それらのシミュレーションにおいては、NEOのデータ(軌道、サイズ等)として、1997年2月の時点で実際に検出されていた近日点半径が1.3AU以下の407個を用いた。しかし、このような実NEOデータには、地上の望遠鏡からの観測で見つけやすいものがたくさん見つかる、という観測バイアスがかかっている事が考えられ、実際の分布(サイズ及び軌道)とは異なる事が想定される。

 今回は、このシリーズの最終回として、現時点で最良と考えられる擬似NEOデータを用いたシミュレーションを行ない、今までの実NEOデータを用いた結果と比較する。

2.擬似NEOデータ

 NEOの軌道及びサイズ分布は、1990年頃から精力的にNEO検出を続けるアリゾナ大学のSpacewatch望遠鏡により検出されたNEOデータから観測バイアスを取り除く事により、Rabinowitzらによってモデル化されている1, 2)。検出個数がまだ十分でないため、このモデルにどの程度の誤差があるかはっきりしない点も有るが、現時点では最良のモデルと考えられる。このモデルでは、軌道分布とサイズ分布の間には相関はないとしている。軌道分布は、長半径と離心率を変数とする2次元の分布関数と傾斜角を変数とする1次元の分布関数とから成っている。それらを表2.1に示す。サイズ分布は、次式で与えられている2)。

       1.086(H - 13.2) 15.0> H

log10N =  0.391(H - 15.0) + 1.955    23.5>H≧15.0

0.695(H - 23.5) + 5.279   H ≧ 23.5

    (2.1)

H : 絶対等級あるいは標準等級   N : NEOの個数

 表2.1から分かるように、長半径が3AUを越える擬似NEOは離心率も大きい。このような擬似NEOは、木星軌道に接近又は交差して大きな摂動力を受け、軌道を乱される事が多い。表2.1の分布関数からは、長半径が3AU以上のものが約6%存在する事になるが、本当にこれ程の数存在するかは、今後の検討が必要との事である3)。この事情を考慮して、本シミュレーションでは、長半径が3AUを越える擬似データを棄却する事にした。

 このようにして得られた擬似NEOデータの離心率と傾斜角のヒストグラムを、実NEOデータのそれらと比較してみる。ここでは、直径が100m以上のNEOを対象としているので、絶対等級Hが23.25以下のものを考える。407個の実データの中にH≦ 23.25のものが364個あるので、擬似データも同じ数だけ発生させてみた。離心率と傾斜角のヒストグラムを図2.1と図2.2に示す。擬似データには、離心率及び傾斜角ともに大きな値のものが実データよりも多い事が分かる。低傾斜角及び低離心率のNEOの方が検出しやすい事を反映していると考えられる。

図2.1

図2.2

3.スペースガード宇宙望遠鏡(SGST)による観測シミュレーション

 太陽−地球系のL4点に設置されたSGSTからの観測シミュレーションに、前章の擬似データを使用する。3.1節で直径100m以上のNEOを対象にした場合を述べ、3.2節で直径1km以上のNEOの場合を述べる。

3.1 直径100m以上のNEOが対象の場合

3.1.1 入力条件

・使用プログラム : OBSIML4H32.FOR(Windows 95/NTのFortranで作成)

・観測開始時 : 2010年1月1日0時UT

・視野角 : 2度

・積分時間 : 5分

・観測限界等級 : 24等級と27等級

・黄緯方向スキャン回数 : 40 (黄緯方向に±40度の範囲を観測)

・概略軌道決定のための3回の観測の間隔(日) : 5日

・黄緯幅分割数 : 2 (通算21号の「あすてろいどレター」を参照)

・擬似NEOデータ : 絶対等級が23.25〜9.0の範囲のもの を1万個

3.1.2 実NEOデータを使ったシミュレーションとの比較

(1) 限界等級が24の場合(口径1mに相当)

 図3.1に観測期間に対する検出比率を示す。5本の実線は、407個の実NEOの直径を全て100m(絶対等級23.25)と仮定した場合であり、破線が擬似データによる場合である。実線のシミュレーション条件は、前節に記載したものと同じ。但し、観測開始時は、2001年、2005年、2010年、2015年、2020年の1月1日である。

  図3.1 直径100mのNEO検出に要する基幹(限界等級24等)

 検出し難いと考えられる高離心率、高傾斜角のNEOが増えたにもかかわらず、実データの場合と大きくは違わない検出比率となっている。この理由は、擬似データは直径100m以上のものであり、100mよりも大きなNEOも(2.1)式の分布に従って含まれるからである。この事を確認するため、全てのNEOが100mの直径を持つ擬似データを作成し、観測シミュレーションを行なった。その結果を、図3.2に示す。図中の3つのデータセットはどれも407個のNEOを含む。擬似データの離心率と傾斜角の分布の影響で、検出比率が約1/2、検出期間は数倍になっている。

 図3.2 407個の3種類のNEOデータによるシミュレーション結果

(2) 限界等級が27の場合(口径3mに相当)

 SGSTとNEOとの距離のみを観測可否の判定に用いた407個の実NEOデータに対するシミュレーション結果は、直径100mのNEOの90%を検出するに要する年数は約10年であった。

 今回の1万個の擬似データに対するOBSIML4H32(光学式による観測等級を観測可否判定に使用)によるシミュレーション結果は、約20年であった。擬似データと実データの軌道分布の違いは、擬似データが直径100m以上の大きなNEOも含む事でほぼ相殺されるので、必要な期間が2倍になったのは、太陽位相角の影響も考慮した事が効いていると考えられる。なお、擬似データを使った場合の10年の観測での検出比率は、80%である。

3.2 直径1km以上のNEOが対象の場合

3.2.1 入力条件

 擬似データを除き、3.1.1節と同じである。擬似データは、絶対等級が18.25 (直径1kmに相当)〜9.0の範囲の2000個を使用した。

3.2.2 実NEOデータを使ったシミュレーションとの比較

 直径500m〜1kmの実データ76個に対し、90%検出に要する年数は約5年であった。今回の直径1km以上の2000個の擬似データに対しても、90%検出に要する年数は約4.5年であった。

4.スペースガード地上望遠鏡(SGGT)による観測のシミュレーション

4.1 入力条件

・使用プログラム : SGGT232.FOR(Windows 95/NTのFortranで作成)

・観測開始時 : 2010年1月1日0時UT

・視野角 : 2度

・積分時間 : 8分

・観測限界等級 : 22等級

・黄緯方向スキャン回数 :Nscan (黄緯方向に±Nscan degの範囲を観測)

・擬似NEOデータ : 絶対等級が18.25〜9.0の範囲のものを2000個

4.2 実NEOデータを使ったシミュレーションとの比較

 4.1節の入力条件及び、直径500m以上の299個の実データを用いたシミュレーションでは、Nscan=25の時、90%を移動天体として検出できたのは約14年後であった(SGGTは1台、天候や月の影響は無視)。これを、晴天率0.66、月の影響を受けない夜の比率0.5で割ると、1台の地上望遠鏡で90%を移動天体として検出するのに要する実際の年数が得られ、約42年となる。10台の地上望遠鏡が参加すると、90%を概略軌道決定観測するのに、

42/10×3≒13年

必要となっていた。最後の3倍は、概略軌道決定のためである。

 擬似データを用いたシミュレーションでもNscan=25を使うと、1台で90%を移動天体として検出できた(天候と月の影響を無視)のが、約50年後であった。つまり、実データによるシミュレーション結果(約14年)の約3.6倍であり、10台の地上望遠鏡が参加した時の90%を概略軌道決定するのに要する年数は、約47年となる。実データと擬似データのサイズ分布は、90%検出に要する期間への影響という観点からはほぼ等価であり、高離心率及び高傾斜角という擬似データの軌道分布の影響で、必要期間が数倍になったと考えられる。

 擬似データでは高傾斜角のNEOが多いため、Nscanを大きくすると、必要年数が改善される事が期待できる。そこで、Nscanを変えた観測シミュレーションを行なった。その結果を図4.1に示す。天候と月の影響を無視した場合に1台で90%を移動天体として検出するに要する年数を描いている。擬似NEOデータの場合は、Nscan≒40が最適であり、約30年という値が得られた。10台の地上望遠鏡が参加した時の90%を概略軌道決定するのに要する年数に換算すると、約27年となる。

 SGSTの場合は概略軌道決定のための約5日間隔の3回の観測が義務付けられており、Nscanを大きくすると、黄経方向の観測幅が狭くなり、5日間隔の3回の観測が終わる前に視野から出てしまうNEOが増える事が考えられる。シミュレーションは行なっていないが、Nscanを大きくしても、必要年数の減少量は小さいと思われる。

図4.1 移動天体としての90%検出に要する年数(天候と月の影響を無視)

5.おわりに

 現時点で最良と考えられる擬似NEOデータを用いたNEO観測シミュレーションを行ない、今までの実データによる結果と比較した。実データには地上望遠鏡で観測しやすいものが多数見つかっているという観測バイアスが掛かっており、実際の軌道分布に近いと考えられる擬似NEOデータには、見つけ難い高離心率、高傾斜角のものが多い。

 SGSTを使った観測シミュレーションの場合は、実データとして全てが直径100m又は0.5km〜1kmの形のデータであったため、100m以上又は1km以上という形の分布を考慮した擬似データを使うと、サイズの大きなものも含まれる影響が検出し難い軌道分布の影響をほぼ相殺して、検出に要する年数としては大きな変化はなかった。つまり、限界等級24のSGST(口径1m)では、100m以上のNEOの90%検出に要する年数は1000年以上、1km以上のNEOの90%検出に要する年数は約5年である。限界等級27のSGST(口径3m)では、約20年で100m以上のNEOの90%を検出できる。

 一方、SGGTの場合は、実データとして直径500m以上のものを使っており、検出し難い軌道分布の影響のみが現れて、必要な期間が数倍となった。10台の地上望遠鏡が参加した時の直径1km以上のNEOの90%を概略軌道決定するのに要する年数は、南北方向に±40度(黄道面を中心として)を観測するのが良く、その場合で約27年となった。

 今回用いた擬似NEOデータの情報は、Dr. David Asher(ケンブリッジ大学、オックスフォード大学で天文学を学んだ後、オーストラリア、そして現在は日本でNEOを研究中)に教えて頂き、更に彼自身の作に成る擬似データ作成プログラムを使用させて頂いた。感謝します。

 このシリーズの最後に際し、私の洗練されていない文章に付き合って頂いた読者の方々にお詫びすると共に、感謝します。疑問などが有りましたら、電子メール(mutashim@rd.tksc.nasda.go.jp)やFAX(0298-52-2247)等で気軽に質問して下さい。

 私にとって、光学望遠鏡での観測をシミュレーションするのは初めての事でした。私は、軌道力学を専門としており、日本スペースガード協会のホームページに、SGSTを設置する軌道の候補を幾つか提案しましたが、それらの点から観測した場合にどのような結果になるのか、知りたくなりました。これが、今回一連のシミュレーションを行なった動機です。この作業を進めるに際して、いろいろな人から支援を受けました。会長の磯部氏、運営委員の吉川氏には特にお世話になりました。また、観測等級を推定する光学式については、副会長の中野主一氏の著書「パソコン天文講座 天体の軌道計算」に教えて頂いただけでなく、中野氏からFAXにて直接情報を提供して頂いた事も有りました。上記のDavid Asher氏には、擬似データの情報とソフトを提供して頂きました。皆さんに、感謝します。実NEOデータによるシミュレーションだけでは、この問題に対して十分でない事を当初から感じていたので、擬似データも使ってシミュレーションできた事は、

幸いでした。

 遣り残した事は多々有ると思いますが、私が一番気がかりなのは、移動する天体の検出限界を、CCD上での移動速度の関数として扱えなかった事です。今後のNEO検出システムでは、自動検出法がどんどん改良されて使われると思います。それらのシステムでの検出限界に及ぼす移動速度の影響が明確になれば、今までのシミュレーションに組み込む事は容易です。いつか、そのような解析をするチャンスが有れば、幸いです。

 最後になりましたが、「あすてろいど」の編集の労をとって頂いた松島氏に感謝します。

6.参考文献

1)David L. Rabinowitz : The Size and Shape of the Near-Earth Asteroid

Belt, ICARUS 111, pp.364-377, 1994.

2)Tom Gehrels (Editor) : HAZARDS DUE TO COMETS AND ASTEROIDS, The

University of Arizona Press, Tucson & London, 1994.

3)吉川 真 : 私信、1998年4月.


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