地球に衝突して欲しい天体

      −しし座流星群−

                      吉川 真(宇宙科学研究所)


 ‘地球に衝突して欲しい天体’とはちょっと物騒ですが、これは小惑星や彗星といったスペースガードの対象となるような天体のことではありません。ほとんどの人にとっては無害な天体である‘流れ星’つまり流星のことです。

 今年1998年は、「しし座流星群」が大出現するかもしれないと期待されています。今回の「あすてろいど」では、人類を脅かすような天体の衝突から少し離れて、非常に楽しみなこのしし座流星群についてご紹介したいと思います。

 そもそも皆さんは流れ星をどのくらいご覧になったことがあるでしょうか。最近は街明かりによって星空が見にくくなっていますし、それに夜空など眺めている暇などないという方も多いでしょう。ですから、流れ星というのは、概念的にはよく知っていても体験したことはあまりない人が多いのかも知れません。しかし、流れ星そのものは決して珍しい現象ではありません。星空のきれいな夜にしばらく夜空を眺めていれば、たいてい1つや2つは流れるものです。まあ、流れるまで忍耐強く待っていられるかが問題ですが。

 ところが「流星群」となると特別です。本当に流星群が出現すれば、ちょっと眺めているだけで何十個も何百個も、そして場合によっては何千個も流星が流れるのです。流星が沢山流れる現象が流星群ですが、本当に多く流れるときを「流星雨」といい、さらにそれよりも沢山流れることを「流星嵐」と呼んだりします。是非、流星嵐と呼ばれるものを見てみたいですね。まあ、これはともかくとしても、今年のしし座流星群はもしかすると本当にたくさんの流星が出現するかも知れません。

 どうしてそのようなことが言えるのでしょうか。それは、過去、このしし座流星群がほぼ33年ごとに出現してきたという記録があるためです。最初にしし座流星群が大出現したのは、1799年のことでした。ドイツの探検家であるフンボルトらが、南米のベネズエラで大流星群に遭遇したのです。このときは、1時間に百万個も流れたのではないかとさえ言われています。まさに「流星嵐」です。その約33年後の1833年には、北米で流星群が見られ、このときは1時間に20万個ほど流れたということです。次の33年後の1866年には、出現数はかなり減りましたが、それでも1時間に5千個ほどは流れていたようです。(ある研究によりますと、西暦902年くらいからこの流星群が見られていたとのことです。)

 しかし、その後はしし座流星群の活動は衰えてしまいました。次の周期にあたる1899年頃では1時間に800個ほどにとどまり、さらにその次の1933年頃はより貧弱なものになってしまったそうです。それで、このしし座流星群の活動は終わってしまったと思われていましたが、1966年には北米でまた大出現したのです。このときはピーク時で毎分2400個も流れたといいます。この33年後が今年になるわけで、非常に期待が高まっているわけなのです。

 33年ごとに大流星群が現れるわけは、この流星の起源に秘密があります。流星というのは、小さな粒子が高速で地球に飛び込んできたとき、上層大気にプラズマガスを生じてこれが発光するものです。その小さな粒子は、彗星から放出されたものであることが多いのですが、このしし座流星群の場合はテンペル・タットル彗星という天体が母天体です。この彗星の公転周期がちょうど33年なのです。ちなみに、この彗星は、1865年と1866年にテンペルとタットルによって独立に発見された彗星です。この彗星は今年の初めに回帰しており、太陽にもっとも近い位置を通過したのは今年の2月のことでした。つまり、この彗星が通過してからあまり時間をおかないで、地球がこの彗星軌道付近を通過することになるのです。

 こう書いてきますと非常に期待したくなりますが、流星群についてはなかなか予想通りに現れたことはありません。例えば、1972年の10月、ジャコビニ流星群が大出現するのではないかと期待されました。しかし、このときは全くと言っていいほど流星は流れなかったのです。ところが、この流星群の周期である13年後の1985年には、あまり注目されていなかったのですが、ジャコビニ群が出現しました。どうも人間が騒ぐと流星群は出ないのかもしれません。このジャコビニ群につきましても、今年の10月にまた周期がまわってきます。もしかすると大流星群が出現するかもしれません。出現予想は10月9日の午前6時くらいがピークということですから、この「あすてろいど」がお手元に届く頃には流れたかどうかの結果がでていることでしょう。

 上の図: 1833年のしし座流星群を描いた有名な木版画。
 下の図: ナイアガラの滝と1833年のしし座流星群。この絵では、流星が放射点と呼ばれる1つの点から流れ出している様子が描かれている。

 もう1つ今年は流星群についてニュースがありました。それは6月27日に、ポンス・ビネッケ群というしばらくは観測されなかった流星群が久々に出現したのです。この流星群は、1916年にイギリスで、1921年には日本で、そして1927年にはソ連で観測されましたが、その後はほとんど活動がみられず、衰退群に分類されていました。ほぼ、70年ぶりに現れたことになります。実は、この流星群が現れた日、私は鹿児島県の内之浦町の漁港にいました。宇宙科学研究所の火星探査機の打ち上げを数日後にひかえて、ロケット発射場がある地元の人たちとの親交を深めるパーティーに参加していたのです。会場が漁港でしたからすぐ隣は海。夜になると真っ暗な水面から吹いてくる風が涼しくて気持ちがいいものでした。ただ、残念なことにこの日は雲が多かったこともあって、この久々に出現した流星群には気がつきませんでした。

 ということで、今年は流星群についてはもしかすると当たり年かもしれません。是非、みなさんもしし座流星群の時には、夜空を眺めてみてください。書き忘れましたが、しし座流星群が現れると予想されているのは、11月17日の夜から18日の早朝にかけてです。

 さて、冒頭で、流星は‘ほとんどの人にとって無害な天体’と書きました。ということは、裏を返すとある小数の人にとっては有害であるということですが、実は流星群の到来を心配している人もいるのです。それは、人工衛星や宇宙探査機を運用している人たちです。ご存知のように、現在では非常にたくさんの人工衛星が地球の回りをまわっており、我々の日常生活にも欠かせないものになっています。これらの人工衛星は‘ハイテクの塊’みたいなものですから、たとえ非常に小さな粒子といえども高速で衝突されると、その機能にかなりの障害が生じる可能性があるのです。私も、今では衛星運用に携わる身となりましたので、流星群には大出現して欲しいですが、人工衛星や探査機には何事も起こらないよう願っています。(例えば、しし座流星群の場合には、秒速70kmもの速さで衝突してきます。)

 本当に流星群が出現するかどうかは「神のみぞ知る」ことですから、期待して待つことにしましょう。そして出現すればその幸運に感謝しますし、たとえ出現しなくても宇宙の神秘に思いを馳せることができただけでいいのではないでしょうか。それと、願い事の準備もお忘れなく。     (1998年9月19日 秋の気配がでてきた相模原にて)

    ***************************************

 上の図: 日本流星研究会の関口孝志氏によって1996年に撮影されたしし座の大火球。火球は双子座に出現。眼視では-3等。右下の明るい星がプロキオン。
 下の図: しし座流星群の母天体であるテンペルタットル彗星の軌道。一番内側に描かれている軌道が地球軌道で最も外側が天王星の軌道。


 目次に戻る / あすてろいどホームページに戻る