衝突と気候変動、及び絶滅と文明盛衰

−(番外編) グラハム・ハンコック著「惑星の暗号」を楽しむ−

                     古宇田亮一(地質調査所)


1.なぜ原題が A Tale ー物語ー なのか

 A Tale と言う時、通俗的に読み易くした、という場合と、ウソも混じっていますよ、という警告の意味と2通りあるようだ。本書を通読すると、面白い内容であるものの、後者と言わざるをえない印象を持つ。それは、いきなり火星の人面岩の話から始まって、NASA米国航空宇宙局は事実を隠しウソをついていると断じ、また、私達にも馴染み深いカール・セーガン氏すら、NASAに強要されてウソをついていると断じられていることに、如実にあらわれている。注意深く読むと、明白な根拠は示されていない。だからといって、本書を読むに堪えないとすることはできない。読者には疑問の余地を残す余裕の記述が見られる。いくつか難点をもつものの、私達が普通に読む種類の通俗書にくらべて、二次三次資料とはいえ、はるかに多くの引用を含み、多くの成果の紹介がある。小惑星に関するたくさんの事項を渉猟でき、会員には満腹感をもって楽しめる物語ではないだろうか。

2.ジャーナリストとしてのハンコック氏

 著者紹介には、1950年スコットランドのエジンバラ生まれで、社会学を専攻、エコノミスト誌の記者を経て、執筆活動に入るとある。すなわち、ジャーナリストである。日本では240万部売れたという「神々の指紋」で広く知られており、最近は沖縄・与那国島の海底遺跡を調査、新著の準備中とのこと。
 ジャーナリストの一般的な習性として、関係資料やインタビューはできるだけ広く集め、一旦取り上げた後は、中立・公平に扱うのが、理想的な姿と目されている。ハンコック氏の記述内容を読む限り、氏は真摯なジャーナリストとして、まさに理想的な取材調査を行い、その記述も、氏の論法に限れば中立・公平であろう。実によく丹念な調査を実行している。日本のジャーナリスト諸氏にも、是非、鑑としていただきたいと思うくらいである。
 しかし、この中立・公平というのも、実は曲者になることがある。記述は中立・公平ながら、話題を選択するプロセスは、必ずしも公正とは言い難い。その結果、NASAの科学者の実証的な結論も、怪しい人面岩の空想も、中立・公平に扱われてしまう。真実はいまだわからないが、真実を隠すNASAの陰謀と、火星文明を解明したと称する人々と、読者はどちらをとるかという疑問の投げ方をとっている。
 他のジャーナリストと比較するなら、例えば、「石油の世紀」や「市場と国家」等の大部な著作で知られるダニエル・ヤーギン氏のように、正確な事実を幅広く渉猟して公正に記述するジャーナリストとはタイプが異なるように見える。思い入れの大きな内容になってしまうようだ。そこが魅力でもあるのだろう。結果としては、真の意味での中立・公平から外れてしまう傾向が見られるが、「真実はわからないのだ」として読者の空想を広げてくれるので、それなりに楽しい。

3.梗概と評

 本書「惑星の暗号」は、始めにインパクトのある写真を並べて、強烈な自己主張を展開し、本文の記述を説得力 るものとして導入する。この手法は、雑誌等でもお馴染みである。ヤーギン氏のような優れたジャーナリストなら、しばしば選択する方式でもある。逆に、科学論文の場合は、始めに論理的な文章による主張が続き、後ろに申し訳程度に図表が添付される様式が多い。つまり、ジャーナリストの書くものは、ジャーナリスト流儀で読んだ方が楽しく、「科学的ではない」とケチつけすることは、おとなげない。具体的な指摘の方がよいだろう。
方法論も異なっている。始めの写真は火星の人面岩とその周囲の幾何学的に見えると主張する模様が大部分で、おまけ的に恐竜を滅ぼしたチクシュルーブ・クレータや恐竜滅亡の想像図、バリンジャー・クレータの写真も並んでおどろおどろしい。これだけで、素人はぞくぞくする恐怖感を味わえ、ますます面白くなる。

 このように、人面に見える自然物はいくらでもあるのだが、ハンコック氏はNASAが反論として使ったクレータ写真を比較対照し(写真1)、これでは人面には見えないという。自然物の人面岩には他の方向から見たら人面に見えないことが多いが、人工物はあらゆる方向から人面に見えると主張している。その限りでは説得力がある。ただし、これは説得力を増すためにわざわざ中立・公平に選択して拾ったもので、説得力を失う実例は除いているから、公正とは言えない。
 ハンコック氏の紹介する記述で、フラクタルでない地形は自然現象ではない、という箇所がある(14ページ)。一般には、地形解析をするとフラクタルから外れる場合も多く、それでマルチ・フラクタルという数学的概念も生まれたが、これも今では疑問視されている。フラクタルでないからといって、人工物とは断定できないだろう。また、自然の造形で、五角形は自然にはあり得ないかのように主張するが、私達は衛星画像から火山性の多角形(四角形や五角形)を指摘している(R.Kouda et al.,Geoinformatics, 2, 183-194, 1991等)。鹿児島には平たい三角柱の溶岩台地もある。人工物であるかどうかの識別は、案外難しいのだ。

 自然現象には、もっとユニークで面白い模様がいくつも見られる。写真2は、まるでマンガの猫のようではないか(R.Groshong: Low-temperature deformation mechanisms and their interpretation. Geological Society of America Bull.,100, 1329-1360, 1988より)。これはスイスの変成岩に見られたもので、大きさは100μ程度のもの。著者のGroshongは、Rob Knipe(1982)の格言「Rocks do not suffer deformation; they enjoy it」(岩は変形にじっと耐えているのではない;喜んでいるのだ)を引用している。

 火星のシドニア地域にある「人面岩」と称する構造は、少し変形しているものの、どこから見ても(火山)クレータにしか見えない。人面模様なので面白いと思う人が多いのは当然である(筆者も楽しんでいる一人)。又、自然界に幾何学模様があるはずがない、自然にあるものはランダム配列で、そうでなければ人造物だ、という主張の前提が誤っていると思われるのだが、それを吟味せずに論理を進めているのも想像力の豊かな展開で、更に楽しい。

 さて、本文は、4部構成をとる。結論として、地球周囲が如何に危険に満ちているか、それを探査解明することが如何に大切かを説いている。この主張は、当協会が創設以来繰り返してきたもので、正しいと思われる。ハンコック氏が折角の通俗書で正しく指摘してくれているのだから、当協会としても大いに賛同して取り入れるべきではないだろうか。本書全体を通じて、引用とそれに対するコメントで構成されているので、記述にリズム感があり、大変読み易く、論理も追い易い。ところどころ論理の破綻がみられても、愛嬌として、これも楽しい。

 第1部「殺された惑星」では、地球と火星という似た惑星が、40億年も前にアステロイドの爆撃にあい、片方が殺されてしまったことを説く(時期は不明)。かつて生命のあった火星が滅びて砂の惑星に変わり果てた原因を「大激変」に求める筆致は見事であり、引用されている数々の火星にまつわる新発見事実も興味をそそり立てるだろう。ただ、記述の方向が、火星も元は地球と同じだったのに運命がわかれて殺された、となることに、違和感があるかもしれない。ジャーナリストとしての中立を守るため、火星って、もともとそういう星だったんじゃないか、という疑問は書かれていない。公平かもしれないが、公正には見えない。

 6500万年前にユカタン半島チクシュルーブに落ちたという衝突衝撃波がインドに集中して「地球の亀裂からはおびただしいマグマがあふれだし、たちまちのうちに玄武岩溶岩の巨大な盾状地ができた」(61ページ)という記述は、臨場感にあふれ、文学としては大変面白い。この部分を、さも地質学を知ったかぶって、次のように書いたらどうだろうか。「陸上で見つかる衝突孔より海洋底に隠されているものの方がはるかに多いので、チクシュルーブ環状陥没構造だけが白亜紀末の衝突とはいえず、衝突衝撃波がインドに集中したかどうかは不明ながら、7600万年の幅を持つ白亜紀の後期にインドを覆う大規模噴火が幾重にも発生、主にソレイアイト玄武岩の薄い地層が広がり、間に凝灰岩や淡水堆積物を挟んで幾重にも重なり、ムンバイ付近で3kmに達する厚さとなり、アルカリカンラン岩やはんれい岩、安山岩、流紋岩、モンゾニ岩等が複合して噴火した」。公正かもしれないが、これでは、名調子がまるでぶち壊しになる。数千万年続いた白亜紀の後期に起きた、地球全域にわたる一連の巨大火成活動を、一回の衝突のせいにしてしまうことはできない。しかし、そこは中立・公平なるジャーナリストの特権で、そんな科学的事実は知らなかったのだから扱わないことにし、読者を興奮させるべく面白おかしく書くしかないのかもしれない。中立のジャーナリストと公正な科学者と、どちらが支持されるか、火山噴火を見るより明々白々だろう。これは、皮肉を言っている訳でもなく、決してハンコック氏を貶めるつもりでもない。

 本文は面白いけれども、正しくはどうなるかを語るのが、科学者の役目。仕事が増えた分、しかも、読者も多くなっているから話を聞いてくれる可能性が大きくなる分、科学者はジャーナリストのハンコック氏に感謝すべきではないだろうか。もっとも、科学的事実で反論しても、ハンコック氏ほど多くの文献を読破しない限り、次々と繰り出される各種の説の全部を説明しきれないだろう。科学者であるほど、専門ではないから知らない説が多いので、そうなれば、広く知っているハンコック氏の勝利である。

 第2部「シドニアの謎」では、人面岩にまつわるエピソードとカール・セーガン非難が延々と続く。これまでの経過を紹介すると、当初、NASAでは奇妙な画像が見つかったというので、ユーモアで面白半分に発表した。ところが、大袈裟に報道されてしまい、火星文明の証拠とする書物がいくつもあらわれた。それに悪のりしたNASAの技術者が、画像処理でますます顔のように強調した写真を発表、立体的なグラフィックスまで出したものだから、騒然となる。ここでNASAは重大な錯誤をおかす。熱を冷まそうと「光と影のいたずら」だとユーモアでお仕舞いにしようとしたのが、火に油を注ぐ結果となった。後は、NASAの情報隠しだ、火星文明の暗号だ、ピラミッドの配列と一致する、火星の自転軸の傾きと同じ角度の配列がある、といったお決まりの決めつけが、おびただしく出版された。ハンコック氏は、それらを科学論文と対等に、中立・公平に(時々基準を変えて)紹介している。最近の火星探査衛星の画像では、人面岩は砂に埋もれたらしく、判然としていない。

 これは、情報公開をすればするほど、更に何か隠されている事実があるはずだ、陰謀だと、ますます疑惑を深める好例でもある。科学では解明できないことが多いし、あいまいな事実も多数あるのだが、そこを意図的に隠している、それこそ証拠だ、とされると、お手上げになってしまうだろう。検証が大切という主張はぶっとび、検証できないことが証拠になってしまう。もっとも、本書によって、どんな主張があったかを手っ取り早くレビューするには都合がよく、便利である。結論は全部トンデモ的としても、ここはむしろ、人間ドラマとして楽しむ余裕が大切なのではないだろうか。

 第3部「隠されたもの」では、如何に政府が情報隠しを図ってきたかの主張が、これまた中立・公平に、しかし、思い入れ深く紹介されている。「神々の指紋」にある主張の簡単な紹介も随所に施され、同書を買わなかった向きには、お買得と思われる。中南米の遺跡の暗号、ストーンヘンジの暗号、インド、エジプト、ギリシア、フリギアと探索は各方面に及び、古代史ファンには楽しい。自然の造形を実験的に簡単に再現することが困難なら、皆、人造物になる、という主張も単純でわかり易い。自然の実験的再現にどれほどの科学者が苦労しているのか、そういう事実は取り上げられていないところが、ちょっと侘びしいけれども、そこまで述べたら、折角の文章リズムがぶち壊しになるというものであろう。科学実験は簡単で子供っぽい、と考えてしまう論理は不思議で、奇妙で、面白いが、一般には広くそう理解されているのだ。科学者には、よくよく反省していただき、今後の教育もお考えいただきたいところである(と自省している)。

 第4部「闇と光」は、本書の中心を成す。当協会会員には、特に、この部分で楽しんでいただければと思う。訳書の本文全体401ページ中、第4部に155ページも費やしているから、もっとも力を入れている部分である。ツングースカ爆発に始まり、小惑星群、彗星、火星、金星、水星、木星、SL9と話が及び、再びベストセラー「神々の指紋」の宣伝も含む。今後地球に起こる大衝突の予想とその対策が述べられている。地球上のクレータを、地球の劇的温暖化の原因として、どんどん当てはめていく。ついていけない論理ではあるが、「小惑星探査に割かれる公的予算は雀の涙ほどだ」と現状を紹介し、その観測法や、如何にボランティア頼りかを言及しているのは正しい。
 ハンコック氏の結論として「天体衝突の脅威に効果的に対処するには、巨大な国際プロジェクトが必要だ」という主張は、当日本スペースガード協会の主張と一致している。それを、どのように世の中に理解してもらうかというところで、おどろおどろしいハンコック氏と、科学者を中心とする当協会では、かなり異なるアプローチをとっているとの感想をいだかせる。

4.おわりに

 日本語訳の標題になった「暗号」というのは、火星の「古代文明」が小惑星衝突で滅びたことを地球に知らせようとしていることになるのだろうか。小見出しで見ても、214ページに「暗号」(古代遺跡の)と、232ページに「彗星の暗号化か?」がある。369ページの「信号?」を受け、「推理」の項375ページには、「何も対策を講じなければ、火星と同じような運命が地球にも降りかかるという警告ではないだろうか?」、そして、火星にある「これらの天文学的モニュメントは、初めから、土壇場でわれわれを目覚めさせるために設計されたのではないか。古代において、地球と火星との間には、そのような密接な関係があったのではないか」とある。
 なんで金星にはメッセージを送らないのか不思議だ。人類も何かモニュメントを建てて、他の惑星に信号を送る必要があるのだろうか。一体、火星の超古代文明が滅んだ後に、わざわざ人面岩を作れるのかわからない。読者は大いにとまどいつつ、想像を楽しむことができる。

 多くの文献を渉猟して独自の概念を述べるレビューの技術が遅れている国では、ハンコック流議論展開の本来持っている矛盾には気付き難いだろう。一つ一つの事実の誤りだけ抜き出して、「だからハンコック氏は信じられない」と非難してしまうかもしれない。一緒に、「だから日本スペースガード協会も信じられない」とされては、大変困る。そうならないために、何が必要であるのか、どのように世の中に訴えるのがよいのか、当協会としても、会員に議論を高めていただく時期にさしかかっているだろう。
                    (番外:完 1998.12.25)




(写真1)NASAによる「人面クレータ」の別例

(写真2)スイスの変成岩に見られる「喜面」


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