アリゾナの隕石孔訪問
          −1泊2日、1000マイルのドライブ旅行−

                       吉川 真(宇宙科学研究所)


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 昨年の年末に、急にアメリカへ2ヶ月間ほど出張するということになり、ドタバタと準備をして1月半ばには日本をたち、3月後半までアメリカで生活しました。思いがけなかった長期のアメリカ暮らしでしたが、以前にフランスのニースで暮らしたのに比べると、何につけても非常に楽でした。主に滞在した場所はロサンゼルス近郊のパサデナという町ですが、このあたりでは日本食は簡単に手に入りますし、日本語のテレビ放送さえ見られます。さらに、日本の喫茶店すらあって、マンガが置いてあるとか。それだけ海外で生活しているという実感は薄くなってしまいますが、アメリカはまたヨーロッパとは違った面白さを持つ国です。

●隕石孔にニアミス

 アメリカに滞在したら是非行ってみたいと思っていたのが、アリゾナの隕石孔です。別名、バリンジャー・クレーター。非常にきれいにその形が保存されている衝突クレーターで、多くの人が一度はその写真を見たことがあるでしょう。

 実は、このクレーターに訪れるチャンスが渡米して早々に巡ってきました。アリゾナのフラグスタッフというところにローエル天文台がありますが、そこで小惑星観測についてのミーティングがあったのです。隕石孔はフラグスタッフから車でわずか40分くらいのところにあります。ところが、このときは、ミーティングが終わったのがすでに夕方。隕石孔に行くのは、結局、あきらめました。本当にすぐそばまで来たのに、残念!

●あっ、時間がない・・・

 でも、2ヶ月もアメリカにいるのですから、またフラグスタッフを訪れる機会もあるでしょう。と思っていて、気がついてみると、滞在期間がほとんど過ぎ去ろうとしており、最後の滞在地であるヒューストンに向かう日が目前に近づいていました。ヒューストンに行ってしまっては、クレーターからはより遠ざかってしまいます。もう、時間がない・・・

 どうしよう? フラグスタッフ行きの飛行機は予約していないし。でも幸いなことに、ヒューストンに行く直前は週末で、2日間なら時間が取れます。それで、アメリカ全土の道路地図を見てみると、なんと車なら7時間ちょっとでフラグスタッフまで行けると書いてあります。これだ! ということで、急遽、食べ物や飲み物を買いこんで、隕石孔へと出発しました。ただ、前日は忙しくて4時間くらいしか睡眠時間がとれませんでした。これがちょっと気がかり。

●道は快調

 ロサンゼルスからアリゾナの隕石孔に行くには、最初はラスベガスに向かうフリーウェーの15号線を使います。朝、6時過ぎにパサデナのモーテルをチェックアウトして、この15号線をちょっとだけ北へ。すると、バーストウという町がありますが、そこからはフリーウェーの40号線にのり、これで隕石孔のすぐそばまでたどり着いてしまいます。ですから、道は非常に簡単です。また、郊外に出れば渋滞もありません。車のクルージング機能(一定速度を保ってくれる機能)を使えば、あとはハンドルを操作するだけ。

 景色も広大な砂漠だったり森林だったりするので、日本には無い風景ですから、運転していても飽きません。ただ、運転が単調なだけあって、前日の睡眠不足も手伝って、睡魔がおそってきました。危ないので、途中で何度か休みを取りつつ、フラグスタッフを通過したのが約8時間後の午後2時半くらい。あと、40分でクレーターだと思うと、目もすっかり覚めてきます。

●ついに到着

 フラグスタッフを通過して少し走ると「Meteor Crater Rd 13」という道路標識が出てきました。隕石孔に行く分岐まで13マイルということです。そのあたりから、それまでの木が多かった景色が一転して、一面に黄色く枯れた草原が広がってきました。

 「Meteor Crater Rd 2」 ついに、右手奥の方に小高い土の山のようなものが見えてきました。隕石孔です。フリーウェーの40号線の233番出口を出ると、くねくね曲がった道がクレーターへと続いています。何もない荒れ地を5マイルほど走ると、その道の終点が隕石孔博物館となっていて、その背後にクレーターがありました。

 隕石孔博物館に到着したのが、午後3時10分。ですが、これはカリフォルニアの時間ですので、アリゾナでは時差のため4時10分となります。隕石孔博物館の閉館時間が午後5時でしたから、ぎりぎりセーフというところです。ちなみに、博物館が閉館になってしまうと、クレーターの中を見ることはできないようです。

●これが本物のクレーター

 さっそく、入館料の8ドルを払って、博物館に入りました。まずはおみやげ物売場がありますが、ここはさっと流して、展示の方へ。いきなり、おおきな隕石が置いてありました。このクレーターで採取されたものです。展示よりは実物のクレーターを見たかったのですが、とりあえずざっと展示を見ようとしたら、展示場にある大きな窓から本物のクレーターが。一瞬、はっと息を飲んで、大地に刻まれた赤茶けた巨大なお椀を見つめます。

 それで、展示などは後回しにして、すぐに外に出ました。そこには、写真ではない本物のクレーターが視野いっぱいに広がっていたのです。

 クレーターの縁の岩に腰掛けて、しばらくクレーターを眺めていました。静かです。クレーターを見に来ている観光客もそこそこの数はいますが、話し声が途絶えると風の音しか聞こえません。この隕石孔を目の前にして、5万年ほど前、何の変哲もなかったこの大地に、天からのとんでもない衝撃があったことを想像すると、何か人間の力ではどうにもならない畏怖を感じざるを得ません。
 閉館の5時になっても、閉館をせき立てるような雰囲気は全くありませんでしたので、5時過ぎまでクレーターを眺めていました。

●帰りもちょっと寄り道して

 さすがに9時間も1人で運転してきたので、その日はフラグスタッフ市内のモーテルでぐっすり眠って、翌朝、9時前に再びロサンゼルスに向けて出発しました。このフラグスタッフ付近は、有名なグランドキャニオンをはじめとして、様々な面白い地形の宝庫です。それらを何も見ないで帰るのは、本当にもったいないのですが、仕方がありません。明日には、ヒューストンに飛ばないといけないので、今日中にはロサンゼルスに戻っている必要があるのです。

 それで、来た道をそのまま逆方向へ向かい始めました。すると、すぐに、ロサンゼルスまで482マイルとの標識が出てきました。また、この距離を運転しないといけません。ただ、よく寝たせいで、運転していても眠くならなかったので、この日はほとんど走り続けました。

 途中、ガソリンを入れるために休憩しましたが、地図を見ていると、ハイウェーをちょっとそれた方向に、「Old National Trail ハイウェー」と書かれ道があります。その名前にも興味がそそられますが、途中にAmboy Craterというものもあります。それで、来た道をそのまま戻るのも面白くないですから、さっそくこちらの道の方へ行ってみることにしました。

 この道は、今のハイウェーが作られる前に使われていたものでしょうか。荒れ地の中の田舎道です。車もそこそこ通ってはいますが、もし、途中で車が動かなくなったらちょっと困るだろうなあ、と思いながら運転しました。

 目指すアムボーイ・クレーターに近づくと、そこには、荒れ地の平原にひょこっと黒い砂山を作ったかのようなものがありました。火山による噴火口です。道を外れてそのクレーターの方に車を走らせましたが、道が悪くて四輪駆動車でもなければ、ちょっと進めそうもないので、そばまで行くのは断念しました。もちろん、時間があれば歩いて行ってみたのですが、その時間もないので、少し離れたところから眺めただけです。アメリカには、このように観光地にもなっていないような面白い地形が沢山あるようです。

●走行距離は1000マイル以上

 さて、運転の方は順調で、ロサンゼルスには夕方5時前に着きました。途中、ちょっと寄り道をしたりしましたが、11時間のドライブでした。ロサンゼルスはこの日が最後ですから、少し奮発してマリブ・ビーチのモーテルに宿をとりましたが、宿に着いたときの車の距離計は4492マイル。出かける前は、3938マイルでしたから、2日間で1000マイル以上運転したことになります。やはり、アメリカは広いですね。(1マイルは1.6kmくらい)

●ヒューストンの学会で

 ところで、ヒューストンに行ったのは、LPSCという惑星科学関係の学会に参加するためでしたが、その学会で衝突のセッションを聞いていたところ、アリゾナの隕石孔についても研究発表がなされていました。隕石孔周辺で採取された鉱物についての分析の研究でしたが、実際のクレーターを見ていると、このような研究発表を聞いていても親近感が全く違います。

 このように、とりあえず隕石孔訪問という1つの夢が実現しました。今回の旅行の行程はかなりハードでしたから、全くお勧めではありませんが、隕石孔の方は非常にお勧めです。やはり実物を見ると、実感がわきます。もし機会がありましたら、是非、訪れてみて下さい。
   (1999年3月21日、ヒューストンにて)

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編集室より
 この記事で使ったすべての写真とキャプション、<・・・>の説明は、編集室にある写真を使って勝手に創作したものです。従って一部は必ずしも吉川氏の意図するところと一致していないものもあるかもしれません。(いや一部でなくて、ほとんどかな。)というわけで、その責任はすべて編集室にあります。


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