地球に衝突する可能性がゼロでない小惑星
        −続々と発見される危ない小惑星は本当に「危ない」のか?−

                         吉川 真(宇宙科学研究所)


 昨年(1998年)の3月、小惑星1997 XF11が2028年に地球に大接近するということが話題になりました。これにつきましては、「あすてろいど」22号(1998年4月20日発行)でもご報告していますので、記憶されている方も多いことかと思います。そして、最近、新たに2つの小惑星について地球衝突の可能性が専門家の間でホットに議論されています。それらは、1999 AN10と1998 OX4という小惑星です。このような小惑星は、本当のところ、どのくらい危ないのでしょうか?

◆1997 XF11の地球衝突の確率は、最初からゼロだった!

 小惑星1997 XF11につきましては、上記のように「あすてろいど22号」にその経緯が載っています。ここでは、まずその経緯を簡単にまとめてみましょう。
 最初に報告が掲載されたIAUサーキュラー6837号(1998年3月11日発行)では、この小惑星が2028年に地球中心から約46,000kmの至近距離まで接近するということでした。これで一気に大騒ぎとなったのですが、1日後のIAUサーキュラー6839号(1998年3月12日発行)によりますと、その接近距離が約96万kmに修正されました。これは衝突を心配する距離ではありませんので、騒ぎはおさまることになりました。
 わずか1日で接近距離が大きく変わりましたが、これは次のような理由によります。最初の発表は、発見されてから88日間の観測によって推定された軌道に基づくものでした。この発表を受けて、過去の写真を探したところ、1990年に撮影された写真の中にもこの小惑星が写っていることが分かりました。つまり、約8年前の位置が分かったことになりますので、このデータを考慮して軌道が改良された結果、最初の発表ほどは接近しないことが分かったのです。

 ところが、本当のところは、最初の発表の時点でも地球に衝突することを心配する必要がなかったということが、その後、明らかになりました。それは、アメリカのジェット推進研究所(JPL)のチョダス(Chodas)らの解析によります。彼らの解析結果を簡単にみてみましょう。
 図1には、小惑星1997 XF11が2028年に地球のそばを通過する領域が示されています。中心の点が地球で、その周りの楕円は月の軌道です。そして、斜めにのびる線が、小惑星が通過する可能性がある領域を示しています。小惑星の軌道はこの図にほぼ垂直です。つまり、2028年に小惑星が地球に接近するときには、この斜めの線上のどこかを横切る可能性が高いということです。線が長く延びているのは、軌道の誤差のためです。また、実際はこれは「線」ではなくて、非常に細長い楕円形をした図形です。「誤差楕円」と呼ばれるものです。いずれにしても、図1では地球のそばを通過する可能性があることは確かです。

図1 小惑星1997 XF11の2028年の地球接近の様子。88日間の観測
   に基づく軌道決定による場合。

 図2は、1990年のデータも入れて軌道を出したときの図です。軌道の精度が非常によくなったので、小惑星の通過する領域を示した斜めの線(本当は楕円)がかなり短くなっていることが分かります。また、地球からの距離も遠くなっています。

図2 小惑星1997 XF11の2028年の地球接近の様子。88日間の観測
   データと1990年の観測データも考慮した場合。

 図1と図2を単純に解釈してしまいますと、図1では危なかったけれども、図2を見て安心することになった、ということになります。私も最初はこのように思っていましたが、実はこれは大きな間違いだったのです。本当のところは、すでに図1の段階で、衝突を心配する必要は全くなかったのです。

 図3には図1の中心部分を拡大したものを示します。図1では斜めの線だったものが、幅を持った領域であることがわかります。2028年にこの小惑星が地球に接近するときには、この領域内を通過する確率が99%ということになります。このように小惑星が通過する領域が非常に細長い領域となっていますが、これは軌道の性質によるものです。つまり、これらの図で誤差楕円の長軸に沿った斜め方向には誤差範囲が大きいのに対して、それに垂直な方向には誤差は非常に小さいのです。ですから、図3で地球は確かに小惑星が通過しうる領域のそばにはありますが、地球に衝突する確率はゼロだと言っていいのです。

図3 図1の中心付近の拡大図。

 確かに88日間の観測で決めた軌道には大きな誤差がありますが、その誤差の性質をきちんと考慮すれば、この88日間の観測結果からでも衝突を心配する必要はなかったわけです。つまり、最初から衝突の危険はなかったことになります。騒ぐ必要もありませんでした。
 このような「誤差」をきちんと理解することはちょっと難しいのですが、天体の軌道運動を考えるときには非常に重要になります。そして、当然なことですが、誤差も含めて軌道を決定するためには、「観測する」という基本的なことが最も重要である、ということになります。

◆1999 AN10は本当に危ないのか?

 今年になって、また別の小惑星が話題に上ることになりました。それは、1999 AN10という小惑星です。これは、1999年1月13日にアメリカのLINEARという望遠鏡で発見されたものです。この小惑星が地球に接近するということは、イタリアのミラニ(Milani)が気がついて、彼らが軌道計算した結果をインターネットのホームページに掲載していました。それを偶然に見つけた人がいて、ヨーロッパやアメリカでは騒がれています。ただし、これも結論を言えば、騒ぐほどのことはありません。

 また、チョダスらの解析結果を見てみましょう。図4は、小惑星1999 AN10が2027年に地球に接近する様子です。図1と同様に、小惑星は紙面に垂直に運動して行くわけですが、地球に接近しうる領域が斜めの細長い線で示されています。これも実際には楕円形の領域なのですが、非常に細長いので、線のように見えています。最接近としては、地球中心から37,000kmまで接近する可能性があることになりますが、これも1997 XF11のときと同様に、このときに衝突を心配する必要はありません。図4の結果は、軌道決定誤差も考慮して接近を予測したものだからです。(注意:確率統計に詳しい方は、この誤差楕円が3σに対応するものだと理解して下さい。つまり、99.7%の確率でこの誤差楕円の中を通過します。地球はこの誤差楕円のそばにありますが、地球のところは161σとなり、事実上、確率としてはゼロです。)

         図4 小惑星1999 AN10の2027年の地球接近の様子。           130日間の観測に基づく軌道決定による。

 ところが、問題はさらに続くことになりました。それは、この2027年の接近の時に地球の引力によってこの小惑星の軌道が少し曲げられるのですが、その曲げられ方によっては、その後に地球衝突の可能性があるというのです。最初にミラニ達が指摘したのは、2027年の接近の時にある特別な場所を通って、さらにその後2034年にまたある特別な場所を通過すると、この小惑星が2039年に地球に衝突するかもしれないというものでした。つまり、2つの「鍵穴」をうまく通ると、小惑星が地球に衝突するというわけです。これは、確率的には非常に小さいことになります。
 その後、チョダスらは、別の「鍵穴」を見つけました。それは、2027年の接近の時にある場所を通過すると2044年に地球衝突の可能性がありますし、また別の場所を通過すれば2046年に衝突の可能性があるというものです。その様子を図5に示します。図5は図4の一部を拡大したものですが、地球衝突に向かう可能性がある「鍵穴」が示されています。ミラニらが指摘した2034年に向かう「鍵穴」は完全に小惑星の通過予想領域からはずれてしまいましから、これは心配する必要はありません。ところが、2044年と2046年に地球衝突となる「鍵穴」はまだ可能性があります。

図5 小惑星1999 AN10の地球衝突に向かう「鍵穴」。

 しかし、チョダスが指摘することには、この小惑星がこれら「鍵穴」を通って2044年に地球に衝突する確率は50万分の1ですし、2046年の衝突確率は5百万分の1ということです。確率をこのように言われてもぴんとこないかと思いますが、このような確率は、サイズが同じくらいのまだ未発見の小惑星が2044年までに地球に衝突する確率の100分の1程度だそうです。つまり、特にこの1999 AN10を心配する必要はないのです。
 ということを知っているためか、単に気がついていないだけなのか、それとも1997 XF11のときの経験があるためなのか、日本のマスコミではこの小惑星の接近の可能性については全く報道されていないようですね。騒ぐ必要はないので、これでいいと思います。ただし、この小惑星を無視していいということではないので、今後も観測を続けていく必要があります。

◆そして1998 OX4は?

 そして、さらに1998 OX4という小惑星についても、衝突の危険性が指摘されています。長くなってしまいますので、ここでは詳細は省略しますが、この小惑星の場合は、2046年に地球衝突の可能性があるというものです。ただし、これも未発見の小惑星が地球に衝突する確率より小さい確率でしかありませんので、特に心配する必要はありません。

◆これからも観測は必要、でも騒ぐ必要は無し

 このように、地球に接近する小惑星が次々と発見されるようになりました。これは、もちろん世紀末のせいではなくて、観測技術が進歩したことと、地球に接近する天体が注目を浴びるようになって多くの人たちが熱心に観測をしていることによります。今までも小惑星の地球接近は同様に起こっていたはずで、単に我々が気がついていなかっただけです。今や、このように「気がつくこと」ができるようになったわけで、それだけ心配事が増えてしまったということになります。

 しかし、太陽系の状況は人類文明が発生してから今まで(太陽系の歴史にとっては一瞬ですが)、変わっているわけではありません。天体衝突をむやみに騒ぎ立てるのではなく、今後も継続的に太陽系の小天体の観測を続けていくことが重要です。もしかすると、衝突のようなマイナスの可能性ではなくて、人類に夢をもたらすような何らかのプラスの可能性を秘めているかもしれませんので。

注意:この文章の内容は、1999年6月15日現在の情報をもとにしています。

参考:この文章に関係する情報は、次のホームページに掲載されています。
   あすてろいど22号の記事        http://pluto.mtk.nao.ac.jp/asute/a22/XF22H/XF22.html
   ジェット推進研究所のホームページ http://neo.jpl.nasa.gov/
   ミラニ氏のホームページ http://copernico.dm.unipi.it/~milani/resret/
   NEOについて http://newton.dm.unipi.it/neodys/

謝辞:この文章を書くにあたりまして、アメリカのジェット推進研究所のポール・チョダス氏には情報を提供していただきましたり有益な議論をさせていただきました。また、ここに掲載しています図は、すべてチョダス氏作成のものです。
(I thank Dr.Paul Chodas in JPL for valuable discussions about the encounters of NEOs. The figures shown here were provided by him.)JSGAスペースミッションの意義について


  27号の目次/あすてろいどHP