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       小惑星9969 Braille へのフライバイに成功!

 NASAの宇宙船 Deep Sace 1 は7月29日、巧妙な新しい宇宙オートパイロットシステムを用いて、小惑星 Braille (ブライユ)に26kmまで接近することに成功した。


 「こんな天体に宇宙船を接近させるなんて、月面上に置かれたゴール目がけて地上からサッカーボールを蹴りあげるるようなものさ」(Darc Rayman, DS-1 Mission Log)
 NASAの宇宙船 DS-1(Deep Space 1)は去る7月29日、小惑星Brailleに何と26kmまで接近した。しかもそばに行ってみたら小惑星Brailleはそれはそれは小さな天体だった(写真)。不規則な形状を持ち、長軸方向で2.2km、短軸方向で1km、広大な宇宙の中ではまさに塵のような天体である。このような小さなターゲット目指して宇宙船を飛行させた経験はないし、小惑星にこのように近くまで接近したのもはじめてである。
 このような飛行を可能にしたのが、宇宙船に搭載されていた「AutoNav」と呼ばれる自律航法システムである。自律航法というのは、地上からの指令ではなく、宇宙船上の各種のセンサで自分やターゲットの位置、速度を判断し、自らの判断で航法を行うものである。例えば月や火星に宇宙船を飛ばす場合は、月や火星の位置は非常に精密にわかっているし、また地上からの観測でその位置をさらに精密に修正していくこともできる。しかし、Brailleのような天体については、宇宙船の航法に必要な精密な軌道もわからず、また宇宙船の飛行中にその観測をすることもできない。実際、Brailleの場合に、宇宙船がそれを認識できるのは最接近する1日前頃と予想されていた。このように、地上との通信に長い時間がかかり、今回のようにターゲットとする天体の観測が地上からでは困難な場合には、自律航法が必須となる。
 ところでDS-1という宇宙船は惑星探査機ではない。それは将来の宇宙船や宇宙探査に応用するための、様々な新しい技術の実証を目的とした、「New Millennium Program」と呼ばれるNASAのプロジェクトの一環である。NASAは1990年代はじめから、“Faster, Better, Cheaper”をモットーに、「Discovery Program」とともにこの計画を始めた。このDS-1にしても、コアバスのサイズが1.1m×1.1m×1.5m、宇宙船の開発費が約1億ドルという、コンパクトで低コストなものである。しかしこの宇宙船では太陽エネルギーを活用するイオンエンジン、太陽エネルギーを効果的に集めるソーラーアレイ、遠隔通信、マイクロエレクトロニクス、新しい科学観測機器など、12項目の実証試験がおこなわれ、この「AutoNav」を含む自律航法技術もその主要なテーマの一つだったというわけである。
 矢野さんは“Houston, I have a problem”というエッセイの中で次のように説明されている。「むしろNASAは「大恐竜時代(探査機が大型化を競った時代)」の欠点を反省し、アポロ時代以前の、小さいが矢継ぎ早に打上げられた惑星探査機の戦略に「先祖返り」して、それを大学や企業など、外部の研究者同士の競争で実現させたことが、ディスカバリーの画期的な所なのだと思います。」(あすてろいど、No.99‐02、12頁)米国における宇宙船の小型化、低コスト化競争は、火星探査機などでも多くの斬新なアイディアを生み出し、貧すれば鈍する、などとは無縁の、米国の逞しさを見せてくれている。このような小さな衛星で必要なミッションを達成できるのであれば、従来のような仰々しい衛星など作る必要はない。そしてこの衛星の小型化、何年か前には想像もできない境地に達しようとしているようである。
 2007年の実施を目標に計画が検討されているNASAの磁気圏コンステレーション(SC)計画では、直径30cm、高さ10cm、重量が1〜10kgという、まさに帽子箱のような衛星が磁気圏を舞い飛ぶというのである。その数100個以上。しかしこれで驚いてはいけない。その大きさはクレジットカードサイズ、質量100g以下、チップ上のソリッドステートをそのまま打ち上げるような衛星構想もあるというのである。これを称して「フェムト衛星」、フェムトは10-15を表す単位である。ちなみにMCミッションは称して「ナノ衛星」、衛星の小型化が「スモール」から「マイクロ」、そして「ナノ」から「フェムト」と進むわけである。衛星の小型化もここまでくると何をかいわんやである。次は虫メガネでもないと見えないような衛星を開発することになるのだろうか。社会の要求に柔軟に対応できる科学技術の「限りない可能性」、しかし別の見方をすれば「空恐ろしさ」、そして少しばかり「悲哀」さえも感じる。
 このような衛星の小型化の背景にはエレクトロニクスや機械分野のマイクロ化技術の進歩がある。こんな小さな衛星でほとんどの宇宙ミッションがまかなえるのかどうかよくわからないが、これは宇宙開発の動向に大きなインパクトを与えるかもしれない。宇宙利用の広範な普及のネックになっているのは、何といっても軌道までの輸送コストの高さにある。この輸送系の低コスト化を目指して、米国も欧州も様々な研究開発を続けている。しかし、ペイロードの方が従来の百分の一や千分の一に小さく、軽くてすんでしまうということであれば、話は変わってくる。ロケットもうんと小さなもので十分であり、それほど大がかりな打上げ設備も必要ない。
 最後にふと一番必要なのはホモサピエンスを構成する個体のダウンサイジングではないかな、という気がした。現在の百分の一程度になってしまえば、環境、公害、人口過剰、その他、ほとんどの問題が解決するとは言わないが、しばらく先送りできそうである。NEOの地球衝突問題はどうか。これはダウンサイジングでは難しそうだ。しかし、次のことはかなり確信を持っていいかもしれない。「次の巨大隕石の衝突で人類が滅びるまでは、健全に生き続けられる。」 
                    ( 由紀 聡平 )

写真 : NASAの探査機が撮った小惑星9969 Braille。残念ながら最接近時での撮影には失敗した。(NASA)


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