太陽-地球系L4, L5点近傍軌道が受ける摂動について

                     歌島 昌由 (宇宙開発事業団)


1.はじめに

筆者は、太陽-地球系L4点に宇宙望遠鏡を設置しNEO(Near Earth Objects)を検出する事を提案すると共に、その有効性を見るためにNEO観測シミュレーションを行なってきた(あすてろいど19号〜23号を参照)。このシミュレーションが終わる頃、通信総合研究所の宇宙天気予報を研究しているグループと宇宙開発事業団の宇宙環境計測グループにより、太陽-地球系L5点を利用する新しいミッションが考え出されていた。太陽定点観測ミッションである(文献1)。現在、太陽観測は、地上望遠鏡と地球周回衛星及び太陽-地球系L1点の宇宙望遠鏡により行なわれている(図1)。L5点から太陽を観測する利点は2つある。

   

(1)地球付近からの観測に加えて、60度離れた方向から見る事で立体的な観測を行なう事ができる。
(2)太陽は約27日の対地球周期で自転しており、L5点から観測する事で地球に向く面を約4日早く観測できる。
この様な状況の下で、太陽-地球系L4, L5点に設置される宇宙機が受ける摂動の程度を把握しておく必要性を感じ、検討した。摂動として、地球軌道の離心率によるもの、木星・金星の重力によるもの、太陽輻射圧によるものを対象とした(文献2)。

2.地球軌道の離心率による影響

地球の公転軌道は約0.0167の離心率を持っている。離心率があると、太陽と地球の距離は時々刻々と変化する。地球軌道を円と近似した円制限三体問題の場合には、L4, L5点は太陽、地球と共に正三角形を構成する点である。離心率がある場合の無限小質量物体の運動を扱う問題を楕円制限三体問題という。地球の公転角速度(これも一定ではない)で回転する系で無限小質量物体の運動方程式を作り、変化している太陽−地球間距離を基準長とする無次元化(この座標系をpulsating座標系という)を行なうと、平衡点であるL4, L5点を表わす式は、円制限三体問題の場合と全く同じになる。つまり、pulsating座標系で見ると、離心率があっても正三角形の頂点がL4, L5点となっている。
L4, L5点近傍の線型運動方程式は、変数係数となっているためにclosed formの解が知られていない。従って、具体的な運動を求めるには数値積分を使う事になる。但し、安定性については1960年代に検討されており、地球と太陽の質量比3×10**(−6)及び地球の離心率0.0167は、安定領域にある事が分かっている(文献3)。
地球の離心率による影響の幾つかを以下に示す。円制限三体問題におけるL4,L5点近傍の線型方程式を解くと、周期が約1年の短周期モード(長軸短軸比が約2)と周期が約222年の長周期モード(長軸短軸比が約333)が存在する事が分かる。
離心率がゼロの時に短周期モード運動をする初期条件を、0.0167の離心率の場合に適用すると、図2のように右回りの運動をする1年周期の楕円がずれて行く。これは1月1日から10年間計算したものである。初期速度を約2.5m/sだけ調節すれば、このずれを消す事が出来る。
図3は離心率がゼロの時の長周期モード運動であるが、同じ初期条件を0.0167の離心率の場合に適用すると、図4の様な運動になる。

   

   

   

3.木星・金星の重力による影響

地球軌道の離心率を考慮した場合は、解析的にL4, L5点を定義する事ができた。木星や金星が存在する場合も、その定義を採用し、時々刻々の太陽と地球の位置と共に正三角形を構成する点をL4, L5点の定義とする。これらの惑星の影響は、L4, L5点付近の宇宙機に直接影響する直接項と、惑星の影響を受けた地球の運動が宇宙機に影響する間接項とに分ける事ができるが、両者の影響を考慮した解析をしたいと考え、最初に数値シミュレーションを行なった。地球と惑星の黄経差が色々な値となる月日から、惑星が存在しない時にL4, L5点に静止する初期条件を使い、数十年間の宇宙機の軌道計算を行なった。木星だけが存在する場合の35.6年間の位置のずれを図5に、金星だけが存在する場合の35.2年間の位置のずれを図6に示す。横軸は、初期時刻における地球と木星又は金星の黄経差である。
この位置ずれは、以下に記すメカニズムによって生じている。惑星の潮汐力により、地球及び宇宙機の軌道長半径に短周期変動が発生する。地球と宇宙機の黄経が60度異なるため、両者の短周期変動は一致しない。惑星が存在しない場合に宇宙機がL4, L5点に静止する初期条件を使って惑星の存在を考慮すると、両者の短周期変動の差が平均軌道長半径の差になり、そのため時間に比例した位置ずれが発生する。このメカニズムに従った解析的な検討から図5、図6を再現する事ができ、この事が確認された。これは、間接項と直接項が同程度に影響している事を意味している。そして、初期時刻において、惑星の位置を考慮して求めた小さな速度修正(1m/s以下)を施せば、その後の運動から惑星の影響を殆ど消す事ができる。

   

   

惑星の影響の特殊な例として、長周期モード運動をしている宇宙機への木星の影響を取り上げる。図7は惑星が存在しない場合の長周期モード運動の一つである。L3点の直前でUターンする様に初期条件を設定している。図8に同じ初期条件で木星を考慮した結果を示す。2001年1月1日0時UTが初期時刻の場合は、L3点を通り越して、いわゆる馬蹄形軌道(horseshoe orbit)になる。この変化は、木星が存在する事によって、不安定性が増大したかに見えるかも知れないが、円制限三体問題においても、初速の僅かな違いで、図7の様になったり図8の様になったりする訳であり、その初速の違いが木星によって作られたに過ぎない。

   

   

木星と金星は、地球及び宇宙機の軌道長半径に対してほぼ同じ大きさの短周期変動(約1500kmの振幅)を生じさせるが、地球に相対的なL4点軌道への影響は木星が2倍近く大きい。その理由は、短周期変動量において、金星の主要項がcosΔλに対し、木星の主要項がcos 2Δλである事による(Δλは地球と惑星との黄経差)。内惑星と外惑星の違いである。

4.太陽輻射圧による影響

ここでは、太陽−地球系L4, L5点近傍軌道に及ぼす太陽輻射圧の影響を述べる。太陽輻射圧は太陽重力と逆向きの力を及ぼす。そのため、平衡点であるL4,L5点は、太陽及び地球と正三角形を構成する位置からずれる事になる。初めに、そのずれを解析的に求めた。輻射圧の存在は宇宙機に対しては太陽重力を減じる事と等価であり、比較的容易に解析できた。二体問題の関係式と力の釣り合い式を用いるだけであるが、ここでは結果だけを述べる。導出の過程に興味をお持ちの方は文献2)を参照されたい。輻射圧が存在すると、地球との距離は1AUのままで太陽に接近した点が平衡点(L4, L5点)となる(図9)。つまり、正三角形点から二等辺三角形点に変わる訳である。この事は、筆者も予想していなかった。宇宙機の質量を断面積で割った質量断面積比Bに対して、L4、L5点のシフト量等がどのようになるかを図10に示す。Bを4桁程度の範囲で変えて、シフト量Δr (1万km単位)と太陽から見た方位角の変化量θ−60(度)を示した。方位角θの定義は図9を参照。

   

   

現在の宇宙機のB値は、数十kg/m2であり、図10の右端がそれに相当する。その場合のシフト量は1000km程度である。太陽電池パドルの各辺が10倍になりB値が1/100になると、シフト量は10万kmのオーダーになる。これから数十年程度先までは、この程度のシフト量で済むであろう。なお、各辺が現状の100倍の大面積の太陽電池膜などを広げると、B値は1/10000となり、1500万km(0.1AU)のオーダーのシフト量となる。
次に、シフトしたL4, L5点近傍の運動を検討した。宇宙機のB値と地球と太陽の質量 μを共に変数のまま解析的に扱うと非常に複雑になる事が分かった。地球と太陽の質量比μは約3×10**(−6)と小さい事、宇宙機のB値の影響を見たい事から、μ=0と近似して解析的に解いた。その結果、輻射圧により平衡点が図10の様にずれても、その点近傍の運動方程式は輻射圧が存在しない場合と同じになる事が分かった。これも予想外の結果であった。

5.おわりに

太陽-地球系L4, L5点を運用軌道とする宇宙機ミッション(太陽定点観測ミッション)が日本から立ち上がる可能性が出て来た。これらの点へのミッションは実現すれば世界初となる。そして、これらの軌道はNEO検出のための宇宙望遠鏡の設置場所としても適していると考えている。一石二鳥と考えて、これらの点の近傍軌道の摂動解析を行なった。その結果、地球軌道の離心率、惑星の重力、太陽輻射圧のどの影響も、初期条件を微調整する事で殆ど打ち消す事ができる事を確認した。

6.参考文献
(1)秋岡他:ラグランジュ5(L5)点からの太陽・太陽風定点観測、電子情報通信
学会技術研究報告SANE 99-28、1999年6月.
(2)歌島:太陽-地球系L4, L5点近傍軌道の摂動解析、宇宙開発事業団技術報告
NASDA-TMR-980010、1999年3月.
(3)木下 宙:天体と軌道の力学、東京大学出版会、1998年.


  28号の目次/あすてろいどHP