グランドクロスは珍しい現象か?

                         吉川 真(宇宙科学研究所)


 

数年ほど前の話。

記 者:「1999年にグランドクロスが起こりますけれど、何か特別なことは             起こりますかね?」
私  :「はあ? グランドクロス?」
記 者:「惑星が十字に並ぶことですよ。」
私  :「十字に並ぶって、惑星の配置がそうなるのですか?」
記 者:「ええ。」
私  :「そんなにきれいに並ぶはずはないですけれど…」


……

 ということで、そのとき初めて「グランドクロス」という言葉を知りました。もちろん、惑星がどのように配置しようとも、地球に特に異変を起こすようなことにはなりません。「惑星直列」という現象は前から耳にしていましたが、グランドクロスはその変種みたいなものですね。話をした記者によると1999年の8月18日くらいに、グランドクロスが起こるということでした。やはり、1999年という「大予言」の年に関連していたのです。

 それから数年経って、その1999年になりました。すると、いろいろな人から、グランドクロスについて質問がきます。しまいには、テレビ局も何局か取材に来ました。でも、質問される都度、いつも答えは同じ。「何も起こりません。」これなら、簡単。誰にでも答えられますね。

 そして今、1999年の8月は過ぎました。暑い夏でした。でも、地球は相変わらず存在しています。また、大きな異変は生じていません。トルコでの地震など、世界各地で災害はありましたが、地球全体がおかしくなったわけではありません。グランドクロスが起こっても、大異変は何も起こらなかったわけです。

 ということで、いまさらグランドクロスについて何か書いても仕方がないのですが、この現象がどのくらい珍しいことなのか、ちょっと検証してみましょう。もともとグランドクロスとは占星術から来ているそうですが、その占星術によると1999年8月のグランドクロスは4千万年に1度の現象だということです。本当にそんなに珍しいのでしょうか?

 グランドクロスが珍しいかどうかを調べる前に、グランドクロスというものがどのような惑星配置なのか確認してみましょう。ここでは、1999年の8月のグランドクロスに注目してみます。先程は1999年8月18日にグランドクロスが起こると書きましたが、後でお話しします私の計算では8月12日の方がよりグランドクロスに適していそうでしたので、ここでは8月12日について惑星配置を調べてみます。

 図1は、1999年8月12日の惑星配置です。中心が太陽で、最も外側が冥王星の軌道ですが、さて、この図を見て十字形に見えますでしょうか? と聞かれても、ちょっと困りますね。といいますのも、太陽に近い惑星(水星・金星・地球・火星)の軌道があまりにも小さくなってしまうので、これらの惑星がどこにいるのか分からないからです。つまり、全然スケールの違う軌道を一緒に見ようとすること自体がそもそも無理な話なのです。

図1 1999年8月12日の惑星配置。中心に太陽があって、水星から冥王星までの9惑星を描いてある。実際のスケールをそのまま縮小した図であるので、水星から火星までは図の中心に集まってしまい、この図では判別できない。

 まあ、これでは仕方がないので、ちょっと距離の表現方法を変えてみましょう。図2は、同じ日付の惑星配置ですが、中心が地球で、地球から外側に向かう距離が対数のスケールになっています。対数というとちょっと難しそうに聞こえるかもしれませんが、要するに遠方に行くほど距離を縮めて描いてあると思って下さい。ただし、中心からの方向は正しく描かれています。また、×印が太陽になります。さて、図2はどうでしょうか? 十字形に見えますでしょうか?

 図2をちらっと見ただけだと、多分、何も感じないと思います。では、中心の地球からそれぞれの惑星を通る線を引いてみましょう。それが図3です。こんどはどうでしょうか。これなら、十字形に見えますね。ということで、グランドクロスといっても、惑星がこの程度に並ぶだけで、きれいな十字形になるわけではありません。(図3で、地球と太陽を結ぶ線は1点鎖線で描いてあります。また、破線は月がある方向です。月は地球に近すぎるために、この図上では見えません。)

図2 1999年8月12日の惑星配置。図の中心は地球であり、地球からの距離が対数のスケールで描かれている。そのために、軌道の形もゆがんで描かれている。ただし、この図では、地球から見た天体の方向は正確に示されてる。×印は太陽。1点鎖線は、地球と太陽とを結ぶ線。

 こんな程度の惑星配置でグランドクロスが起こったというのなら、直感的にはいくらでも起こっているような気がしませんか? それでは、グランドクロスが本当に珍しいかどうかを調べてみましょう。

 惑星が十字形に配置するのがグランドクロスの定義ですが、実は、これは非常にあいまいです。このことは、図1から図3を見れば分かりますね。しかし、それでは困りますので、ここではグランドクロスをきっちりと定義しておくことにします。どうして定義があいまいだと困るかといいますと、グランドクロスを探すのにコンピュータを使うからです。惑星の動きをずっと画面に出しておいて、それを眺ながらグランドクロスを探してもいいのですが、それは非常に大変ですから、コンピュータで自動的に探すプログラムを作りました。

図3 図2と同じ図であるが、地球と各天体を結ぶ直線を引いてみたもの。このような図にすれば、十字形の配列であることが分かりやすくなる。1点鎖線は地球と太陽を結ぶ線であり、破線は月がある方向である。月は地球の非常に近くにあるため、この図ではその位置は判別できない。

 ここでのグランドクロスの定義ですが、次のようにしました。

(1) 太陽、月、9惑星について、黄道面に投影した位置で考える。(平面化)

(2) 黄道面上に十字線を考えるが、十字線の片方は必ず地球と太陽を通る線とする。もう片方の線は、これと直交する線である。十字線の交点には地球がある。

(3) この十字線の4つの方向に、1個以上の天体がある時が、グランドクロスであるとする。(ここで、太陽は十字線の上に常にあるので、太陽方向には太陽以外にも天体があることとする。)

(4) ただし、十字線のそれぞれの直線の上に天体が完全に乗るという可能性は非常に少ないので、これらの直線のまわりに適当な領域を考えて、その範囲内に天体があればよしとする。この適当な領域の取り方であるが、十字線のそれぞれの線について、それらの線を中心にして地球から角度θを考えて、この角度の中に惑星があれば、十字形の配列にあるとする。

 これがここでのグランドクロスの定義です。言葉で書くと、ちょっと分かりにくいかもしれません。この定義では、パラメータとして、(4)に出てくるθがあります。このθが小さいほど、きれいな十字形の配列になるわけです。おそらく、“本当”のグランドクロスの定義とは異なることと思いますが、ここではこのようにしてみました。

 それで、さっそくコンピュータのプログラムを作って、グランドクロスを探してみました。惑星の軌道データとしては、アメリカのジェット推進研究所(JPL)が作成していますDE406という非常に高精度の暦を使っています。この暦では、紀元前3000年から紀元後3000年までの約6000年間の惑星の位置が分かります。

 まず、最初に計算したことは、1999年8月のグランドクロスについて、その角度パラメータθがどのくらいになるかです。いろいろ試みてみたところ、θの値はだいたい40度になりました。つまり、十字線のそれぞれの直線の両側に地球から見て20度ずつの領域を考えないと、ここでのグランドクロスの定義に当てはまらないということです。これはかなり大きな角度ですね。ですから、図2を見ても、すぐには十字形が連想できないのです。

 それで、次に、パラメータθを40度として、1900年から2100年までの200年間について調べてみました。すると非常に沢山のグランドクロスがでてきてしまいます。それは、(3)の条件で、各方向には1個以上の天体があればよいとしたためです。つまり、太陽以外の4つの天体がそのように配置していればグランドクロスになってしまいます。これでは面白くありませんから、すべての天体(太陽、月、9惑星)が必ずグランドクロスの配置にある場合だけを取り出すことにしました。(1999年8月のグランドクロスもすべての天体が、グランドクロスの位置にあります。)

 その結果、θ=40度としたときには、調べた200年間に21回のグランドクロスがありました。ただし、この中には、月の位置が違うだけで惑星の配置は同じというものも含まれていますので、そのような場合は一緒に数えることにしますと、16回になります。つまり、1999年8月に起こった程度のグランドクロスは、13年に1回くらいの割合で起こることになります。その1例を図4に示します。

 角度パラメータθを40度にするとずいぶん沢山のグランドクロスがでてきてしまいますので、少し条件を厳しくして、θを30度としてみました。これで、紀元前3000年から紀元後3000年までの6000年間について調べてみますと、すべての天体がグランドクロスの位置に配置する場合が24回ありました。これも、月の位置だけが違う場合は同じものとして数えてあります。θの値を小さくすると、急に少なくなりますね。θを40度から30度にしただけで、グランドクロスの起こる頻度は、20分の1くらいに少なくなってしまいます。しかし、それでも約250年に1回の割合でグランドクロスが起こることになります。まあ、珍しいですが、何万年に1度というほど珍しいものではないですね。

 ということで、グランドクロスなど珍しくないという結論でお話を終わりにしたいのですが、ちょっと反論がありそうです。図3と図4を比べると、図3では4つの方向にそれぞれ2つずつ惑星があるのに、図4では惑星が1個しかない方向があるではないか、という反論です。つまり、図3の1999年8月の方がより形の整ったグランドクロスであると。

        図4 1965年2月24日の惑星配置。

 これについては、プログラムを少し変更して、各方向に2つの惑星があるものだけを拾い出すようなことをしないといけません。難しくはないですが、ちょっと今は作業をしている時間がありません。(この「あすてろいど」の原稿締め切りが間近なので。)それで、すでに計算した中で、各方向に2つの惑星がある場合がないか探してみました。

 すると、ありました。1ケースだけですが、パラメータθを30度とした中に各方向に2つずつ惑星があるものがあります。それを図5に示します。θを40度として6000年間について調べてみれば、きっとまだまだありそうですね。

図5 401年10月23日の惑星配置。4つの方向に2つずつ惑星がある。さらに、太陽方向が水星と金星、それに直角の方向に、火星と木星、土星と天王星、反太陽方向に海王星と冥王星、というようにちょうど惑星の順番に並んだ組み合わせとなっている。

 ということで、1999年8月の、グランドクロスはまあ珍しいと言ってもいいですが、何万年に1度というほど非常に珍しいというわけではないですね。
(1999年9月9日、相模原にて)

謝辞:グランドクロスについて計算をしてみようと思い立ったのは、電子メールでお問い合わせをいただいたMさんとの議論のためです。Mさんにはこの場を借りて、お礼申し上げます。


  28号の目次/あすてろいどHP