20世紀最後の皆既日食 観望記

             − プロミネンスはコーランの響きの中で −

                         吉村 宜博( NTT )


●はじめに

8月6日〜8月12日にかけ,トルコへ皆既日食の観望に行ってきました。ところが,我々がトルコの地を離れてわずか104時間後にトルコを大地震が襲い,多くの生命が失われるという大惨事が起きました。旅の途中で知り合った現地の方々から届いたEメールには,ひどい縦揺れと横揺れが襲い,そのあとに大きな地鳴りが聞こえたとあり,とても恐ろしい状況だったことがうかがえます。

私達の友人には直接の被害はなかった模様ですが,とても他人事とは思えない心境です。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに,一日も早い復興を願うばかりです。

●皆既日食の前座は流星群

8月6日に関西国際空港を飛び立った我々(15名)は,イスタンブール,アンカラを経て9日にカッパドキアへ到着しました。世界遺産にも指定されているいるカッパドキア。「この地を表現するのに,いったいどんな形容詞を用いたらよいのだろう?」と現地のガイドブックにもあるように,奇岩だらけの風景は我々を圧倒しました。そして,どこにカメラを向けても絵になるという状況に,撮影意欲はかき立てられるばかり。おかげで,フィルムを一本よけいに費やしてしまいました。

カッパドキアの奇岩には,どうもふたつの種類があるようです。私には,一方は男性的な形状に,もう一方は女性的な形状に見えるのですが,どうでしょう。写真を見ていただけば,説明などいらないと思います。(◆photo(1)および ◆Photo(2))
これらの奇岩は,太古の昔,火山の噴火によって堆積した溶岩や火山灰の層が,長い年月の中で風や雨の侵食をうけて出来上がったものだそうです。

◆photo(1) カッパドキアの奇岩(その1)男性的な奇岩  

◆photo(2) カッパドキアの奇岩(その2)女性的な奇岩  

そうそう,我々はここカッパドキアで皆既日食を前に,もうひとつの素晴らしい体験をしました。夜,ホテルからバスで30分ほど離れた場所にベリーダンス(肌をあらわにした女性による妖艶なダンス→旅行のガイドブックには例外なく若くてエキゾチックな美女の姿が掲載されているが,姿を現わしたのは,なんと,腰のくびれていない年期の入った女性だった)を見に行った帰りに,現地ガイドさんが星好きの我々のためにと,わざわざ見晴らしの良い場所までバスを走らせてくれたのです。午前0時頃でした。途中,窓の外にきれいな星空が見えていたのですが,バスが止まり外に出ると,そこには息を飲むような満天の星々が。なにしろ星が近い! そして,ときおり流れる流星は,まぎれもなくペルセウス座の方向からです。

冷え込む中,「あれが北斗七星,あれがカシオペア,そしてあれが北極星。日本より緯度が高いから北極星も高いね。」とか,「あの光の帯は天の川。」,「ほら,あそこにアンドロメダ銀河が。」,「あーーっ,流れ星! ペルセ群だ!」などど,しばらくにわか観望会で盛り上がりました。

憧れのカッパドキアで見たこの降り注ぐような星空とペルセウス座流星群,皆既の太陽とともにトルコが我々に与えてくれた素敵なプレゼントでした。

●黒い太陽

今世紀最後の皆既日食は,トルコの現地時間で8月11日の14時23分〜14時25分にかけ,わずか2分19秒間のイベントでした。観測地はアンカラ大学のカスタモヌ分校で,天候にも恵まれ12時58分の日食の開始から,15時43分の終了まで,全経過を楽しむことができました。
以下は,皆既日食を初めて見た私の体験談です。

〜 食の開始 〜

予報されていた時刻に日食眼鏡で見ていると,真ん丸い太陽の西側(右側)から欠け始め,時間の経過とともにしだいに欠けた部分が広がっていきました。欠け始めの印象は,「日食予報」の正確さへの驚きと感謝,さあ,いよいよ始まったんだという,ぞくぞくするような緊張感と期待感が入り交じったようなものでした。

半分くらい欠けた頃から,木漏れ日が欠けた太陽の形になっているのが良く分かります。太陽が三日月の形になれば,木漏れ日も三日月形になるのです。この様子は写真をご覧下さい,コンクリート歩道上の木漏れ日です。(◆photo(3))

◆photo(3) 三日月形の木漏れ日  


ポケットにあった穴の開いたクラッカーを,白い紙にかざして見物に来ていた現地の人達に見せたところ,これは受けました。クラッカーの穴でできた三日月形の太陽像に,皆さん驚きの様子でした。このとき活躍してくれたクラッカーくん,その30分後には私の胃の中で溶けていました。

皆既の30分くらい前になると,景色は輝きを失ってきて,肌寒い気配が忍び寄ってきます。

〜 皆既 〜

太陽がいよいよ細くなってくると,あれほど美しかった青い空が灰色のなんだか汚い空になってきます。そして,地平線のあたりが夕焼け色に染まってきて,西の方から暗いもの(月の影です)が一気に迫ってきたと思った次の瞬間,見上げると,真っ黒い太陽(というより,月といった方が正しいのですが)がギラギラした輝きのコロナに包まれ,一見異様な雰囲気になっていました。「なるほど,古代人達が皆既日食を恐れたのも無理ないな」と,変に納得させられながらしばし呆然と眺めていました。
皆既直前には一回目のダイヤモンドリングが見えますが,見ると目がくらんで,その後コロナの細部が見えにくくなると指導書にあったので,私は意識的に見ませんでした。

皆既の間,黒い太陽の縁にはプロミネンスのチロチロした紅い炎が彩りを添えていて,双眼鏡で見ると,それはそれは美しい光景です。◆photo(4)プロミネンス

◆photo(4)プロミネンス  
 

また,太陽を取り巻くコロナは大きな広がりをもっていますが,太陽に近い内部コロナは思っていたより明るくギラギラした感じで,その外側に広がる外部コロナはそれよりずっと暗くて,全体に刷毛で掃いたような筋目がついていました。◆photo(5)コロナ

◆photo(5)コロナ  
 

皆既の様子を写真に表現するのは大変難しくて,結局,プロミネンスとコロナは別々に撮影せざるをえません。これは明るさの差が大きすぎてフィルムに同時に写せないためです。また,コロナの微妙な筋目はプリントではまったく分かりません。でも,肉眼ではこれらを同時に見ることができるのですから,人間の目って素晴らしい性能ですね。

皆既日食の素晴らしさを見たことのない人に説明するのは難しい,とよくいわれますが,確かにその通りだと思います。

皆既の時間はなにしろ2分ちょっと。私は写真撮影に忙しくて皆既のときの辺りの様子を見る余裕などありませんでした。でも,その様子を仲間のひとりが撮影していました。◆photo(6)皆既時の風景

             ◆photo(6)皆既時の風景

     

夕焼け色の地平線あたり,そこから上方に向かって紫色がかった空がしだいに濃くなり,さらに上方にはコロナに包まれた黒い太陽が輝いている,とても美しい写真です。太陽の左手少し下に金星も写っています。金星ははっきり見えていましたから。もっと暗い水星も見えたようです。撮影者の大内さんはこの写真のような雰囲気だったと言っていますが,私はもっと暗かったような気がしました。カメラのシャッターダイヤルが暗くて見えないので,懐中電灯で照らして撮影していましたから。でも,私が暗く感じたのは,多分見ている範囲が狭かったせいです(黒い太陽と,カメラのファインダーと,シャッターダイヤルくらいしか見ていなかった)。

写真の前景の建物はモスクで,イスラム教を信仰するトルコの人々が集まって礼拝する寺院です。集落ごとにあちこちにあります。撮影した場所はまだ新しい団地だったため,建造中でした。

〜 皆既の終了 〜

二回目のダイヤモンドリング。これは写真に撮りながらしっかり見ました。ダイヤモンドリングは,皆既の直前と直後に,月の外縁部の山並みのくぼみから太陽光がもれ出て輝く現象です。わずかな輝きから,ピカーーーッという感じで大きな輝きとなり,数秒後にはまぶしくて見ていられなくなります。◆photo(7)ダイヤモンドリング

             ◆photo(7)ダイヤモンドリング

その後,しだいに太陽は三日月の形になり,さらに面積を広げ,もとの丸い太陽に戻っていきました。ただ,皆既が終わると同時に疲れがどっときて,丸くなっていく太陽などそっちのけで,ぐったりとシートに横になっていた私でありました。

●おわりに

皆既日食は世界のどこかで1年半に1度くらいの割合で起こっていますが,日本ではなかなか見ることができません。でも,あと10年待てばチャンスがきます。2009年7月22日がその日です。とはいっても,九州南方のトカラ列島あたりまで移動しないと皆既にはなりません。全国的には部分日食なのです。それでも,数ある皆既日食の中で最長に近い6分半の皆既継続時間となるこの日,小さな島々は大変なにぎわいになることでしょう。

ちなみに,その次に日本で起こる皆既日食は2035年9月2日。関東・北陸地方が舞台ですので,これまた大騒ぎになるでしょう。残念なのは,私がそのとき84才になっていることです。

というわけで,皆既日食のとりことなった私は,いずれまた海外に夢を求めることになるのでしょう。

      *********************************************

           皆既日食のコンピュータ処理画像

 皆既日食は刷毛で掃いたような筋目のあるナイーブなコロナがとても印象的なのですが,写真にするとこの筋目は見事にかき消され,なんとも味気ないものになってしまいます。そこで,コンピュータを使って画像処理するわけですが,このように目で見た印象に近くなります。これは6枚の画像を元に作成しました。

 

      *********************************************

                                               <撮影データ>

      吉村宜博(宮崎市)
      photo(1):Pentax.28mm,AUTO
      photo(2):Pentax.50mm,AUTO
      photo(3):Pentax.50mm,AUTO
      photo(4):Takahashi(FC50).400mmF8,
           1/500sec,ISO200
      photo(5):Takahashi(FC50).400mmF8,1/30sec,ISO20
      photo(7):Takahashi(FC50).400mmF8,
           1/1000sec,ISO200

      大内詩子(宮崎市)
      photo(6):Nikon.20mm,AUTO                     

                                         
                 筆者の自己紹介
                                          天文に手を染めるきっかけとなったのは1986年のハレー彗星の接近で,ひたすら写真撮影に熱中。1994年〜1998年にかけNTTより宮崎科学技術館へ出向し,天文担当として天文の普及活動に従事。このとき,子供達は星空に強い関心を示しているのに,大人達がその星空を奪い去っていることへの責任を痛感し,以後は科学技術館への協力も含め,ひとりでも多くの人に天文の楽しみを知ってもらおうと,観望会の企画や天文情報の発信などに取り組んでいる。その活動の過程でスペースガード協会の吉川真氏と出会い,協会の主旨に賛同して会員に。                                          


  28号の目次/あすてろいどHP