特集 トリノ(Torino)スケール(2)

             トリノスケール

                         南沢 弥生(サイエンスライター)


 トリノスケールはマサチューセッツ工科大学のRichard P. Binzel教授によって作られました。「地球近傍天体による災害の指標」と題される最初のバージョンは、1995年に国連の会議に提出されています。昨年、トリノで開かれた会議で採択されたのはその改訂版で、NEOの脅威についての研究で国際的に協調していこうという、会議の精神を確認する意味で「トリノスケール」と呼ぶことになりました。

 トリノスケールは、本来、カラーで表示すべきなのですが、ここではやもうえず文字で表現することにします。7頁の上の「トリノスケール」という図を見て下さい。0から10までの部分が何色であるかは、この図からわかりませんが、色が異なることの区別は濃淡からできると思います。それらの色と、色の意味するところ(カラーコード)は図の下側に記してあります。図からわかるように、白にはカテゴリー0,緑にはカテゴリー1、黄色にはカテゴリー2、3、4、オレンジにはカテゴリー5、6、7、赤にはカテゴリー8、9、10がそれぞれ対応しています。

 この図は横軸に「天体の地球への衝突確率」、縦軸に「天体が地球に衝突する際の運動エネルギー」をとってあります。天体の密度を一定の値に仮定すれば、運動エネルギーから天体の直径を推定することができます。縦軸の内側の目盛は、天体の大きさ(直径)に当たります。また図の右側の縦軸にそって、衝突エネルギーから予想される地球上の災害規模を、全地球的、広域的、局所的、影響なし、の四つのレベルに分けています。

 しかし基本的にトリノスケールはNEOの脅威について、衝突確率と衝突エネルギーという、二つのパラメータで評価し、それに基づく脅威レベルを、白(衝突しない)、緑(注意深いモニターが必要)、黄(注意が必要)、オレンジ(衝突災害の恐れあり)、赤(衝突は確実)という色分けで表示しました。しかし、図からわかるように、その二次元領域をさらに10のサブ領域に区分して、0から10までの数字を配分しました。各サブ領域の脅威に順序をつけて、一次元化したわけです。

 今、NEOが発見され、その軌道と衝突確率、および衝突エネルギーの推定値が求められると、この図の中にプロットし、その位置で0から10のどれに相当するかが決まります。一方、天体の軌道は、観測データが増えるほど精度が上がります。したがって、あるNEOに関するトリノスケールの値は、時間が経つと、すなわち軌道が修正されるにしたがって、変わってきます。また地球への接近の仕方が幾通りもある天体の場合には、それぞれの接近時でスケール値が異なります。(その場合には、値の中で最大のものをとることになるようです。)

 ここでもう少しトリノスケールの図を見て下さい。運動エネルギーが1MT(MTはTNT火薬100万トンに相当する爆発力で、4.3×1015Jになります)以下であれば、衝突確率が何であってもカテゴリー0になります。これは直径が20m以下ということで、たとえ地球に衝突してきたとしても、大気中で燃え尽きてしまう大きさにあたります。一方、衝突確率が10-2より大きくなると、カテゴリー数は運動エネルギーの大きさに対応していますが、カテゴリー6が衝突確率10-2の線の左側にあります。このように二つのパラメータで定義される量を、予想される災害の大きさを加味した、“天体衝突の脅威”とでもいうべき基準で一列に並べているために、このようなことになっているわけです。

 そのことを踏まえて、もう一度、9頁の上の図と下の0から10までの、各レベルの説明を見て下さい。そしてもう一度この例を考えて見ると、カテゴリー3の天体と6の天体では、地球に衝突する可能性という面では3の天体の方が高いことになります。しかし、万一、衝突が起きた場合に、3の天体はごく限られた領域の災害であるのに対し、6の天体は全地球的な災害をもたらす恐れがあります。それが“天体衝突の脅威のレベル”での順位付けになっているわけです。したがって、トリノスケールはこの図を頭に入れて置かないと、理解しにくいものです。さらに時間が経って、軌道精度が上がってくると、当然カテゴリーの移動が起こり得ます。

 ところで、このスケールを専門家と一般の人が共通の尺度として使う場合、一般の人はどこまで理解していればよいのでしょうか。0から10までのレベルに関する記述を読んで、正しく内容を理解するのは、そう易しいことでもなさそうです。また時間が経つにつれて、同じ天体のレベルが移動する可能性があるというのも、混乱をまねきかねません。

 それでは、新しいNEOが見つかったとき、トリノスケールの適用をオーソライズするのはIAUということになりますが、具体的なプロセスは明確にされていません。これはトリノスケールが採択されてから、これを適用すべき天体が発見されていないことにもよるようです。またトリノスケールで評価した天体の公表にあたっては、天体の名前、天体の推定サイズ、地球に接近する日、接近時の衝突確率、トリノスケールの値、といった情報をすべて含むべきと考えられますが、これも現在のところ明確ではありません。

 ところで、天体衝突による災害の脅威というような問題を考える場合、衝突時のエネルギー(とその結果もたらされる災害規模)、天体の衝突確率、および予想される天体衝突までの時間という、三つのパラメータを考慮すべきであるというのが一般的考え方です。このトリノスケールでは、前述のように、衝突確率と衝突時のエネルギーがパラメータになっていますが、次のMarsdenによる批判にもありますように、何年後に衝突の危険があるのかという、現在から予想衝突時までの時間が考慮されていません。すなわち、3年後に衝突する、というのと、30年後、あるいは50年後というので、脅威のレベルに違いが出てこないのはおかしいではないか、というわけです。この時間のパラメータを考慮すべきである、という批判は、昨年6月のトリノ会議の参加者の間にもかなりあったようです。この時間のパラメータをどう取り込むか、という問題が、これからの大きな課題になりそうです。

        各カラーコードの意味するもの

           (祖父江 博臣;トリノ(Torino)スケールとは何か、                                 あすてろいど 99-04から)

白シェード:「衝突しないイベント」

0。衝突の可能性はゼロであるか 同じ大きさの任意の物体が次の数十年内に地球に衝突するであろうという可能性を大きく下回っている。この指定は同様に、衝突が生じたとき、それがそこなわれずに地球の表面に届きそうもない小さな物体に適用する。

緑シェード:「注意深いモニタリングに値するイベント」

1. 衝突の可能性は次の数十年内に地球に衝突する同じ大きさの任意の物体と同じ確率で、極めて可能性が少ない。

黄色シェード:「関心に値するイベント」

2.ある程度接近するが、異常接近ではない。 衝突は殆どありそうもない。

3.接近遭遇で1%又はそれ以上の衝突確率で、局地的な破壊をもたらす衝突。

4.接近遭遇、1%又はそれ以上の衝突確率で、地域的な破壊をもたらす衝突。

オレンジシェード:「脅威的なイベント」

5.接近遭遇、重大な脅威で地域の破壊をもたらす衝突。

6.接近遭遇、重大な脅威で地球全体の大惨事をもたらす衝突。

7.接近遭遇、非常に重大な脅威で地球全体の大惨事をもたらす衝突。

赤シェード:「確実な衝突」

8.局地的に限定された破壊をもたらす衝突。このような出来事は50年から1000年の間に一度の割合で地球上のどこかで起きる。

9.地域の破壊をもたらす衝突。このような事象は千年から十万年に一回の割合で起きる。

10.地球全体の気候の大惨事をもたらす大衝突。このような事象は十万年に1度かそれ以下の割合で起きる。


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