通信総合研究所におけるスペースでブリの探索

                      梅原 広明(通信総合研究所)


皆さん、はじめまして。私は数年前から日本スペースガード協会に入会させて頂きました。今回はじめて投稿させて頂きます。私は1998年4月に郵政省の機関である通信総合研究所に入りました。そして、副理事長の吉川さんがいらっしゃった宇宙制御技術研究室で、軌道制御の理論研究を始めました。ちょうどそのころ、この研究室に「静止衛星光学観測装置」という名の反射望遠鏡が設置されました。それから、人工衛星やそれらが廃棄物となったスペースデブリの観測も始めました。

そんな折、今年2000年の3月に行なわれた「日本スペースガード協会 第3回総会」のなかでスペースデブリの光学観測について御質問があり、その時の話の流れで、解説を書かせて頂くことになりました。理事長の磯部さんがおっしゃるように、宇宙開発が進んでいる現在、スペースデブリが人工衛星や宇宙船に衝突するかもしれない、という心配も増えてきています。ところで、小惑星もスペースデブリも光学望遠鏡で探索するにあたって共通のノウハウが多くあります。スペースをまもるために、自然天体だけでなく人工天体にも注目して観測を進めよう、と磯部さんは思っていらっしゃるようです。しかし、観測時間は限られているわけですから、スペースデブリの効率的な観測技術を構築していく必要があります。

ところで、私、誤解していることがありました。今回は、国内で行なわれた観測例を書けばいいのだな、と勝手に解釈していました。国内で体系的に試験観測した例は、静止軌道付近に限れば、小規模ではありますが、私が所属する研究室で行なったことだけです。つまり、我々の試験観測を紹介すればいいのだろう、と思っていました。しかし、後々になって、前回 (第30号) の「あすてろいど」に掲載された総会議事録を読みました。「国外で行なわれたスペースデブリの観測紹介を梅原が次号で行なう」と書いてありました。すみません、この題目では現在の私には肩の荷が重すぎます。確かに私は今後もスペースデブリの観測に関わりたいと思っていますから、過去に行なわれた観測を把握することが必要です。これは次の機会にさせて頂きたいと思います。

もっとも、二つだけ国外の活動を紹介します。以前、私は``Orbital Debris Quarterly News'' (デブリ季報) というニュースがインターネットで見られることを、検索して知りました。サイトは
http://sn-callisto.jsc.nasa.gov/newsletter/news_index.html
にあり、NASA Johnson Space Center が発行しています。このなかには米国での観測結果が色々と報告されています。また、NORAD (北米航空宇宙防衛司令部) による膨大な探索結果が
http://www.spacecom.af.mil/norad/index.htm
にデータベース化されています。

 国内に目をむけると、スペースデブリに関する著名な著書もあり、研究内容や将来の課題を把握することができます。「宇宙技術入門」(オーム社, 1994年) の中で戸田勧氏が執筆された第7章と、八坂哲雄氏の「宇宙のゴミ問題」 (裳華房, 1997年) が挙げられます。しかし、残念ながら、いずれも観測のしかたが明記されていません。したがって、自分で観測方法を確立させてみよう、と思い試行錯誤を始めました。

話を静止軌道付近のスペースデブリ (GEO デブリと呼ばれる) に絞ります。人工衛星の軌道は主に2つに分けられます。移動衛星軌道と静止衛星軌道です。移動衛星軌道のうち、地球に近い軌道にある物体については、大気の摩擦で、だんだん高度が下がってきます。したがって、制御不能になった衛星などは大気圏に突入してしまいます。たいていの衛星は大気摩擦で燃えつきますが、巨大な衛星は地上までたどりつきます。もっとも、災害を与えないようにするために、まだ制御できる段階で廃棄処分、すなわち、洋上に落ちるように軌道制御をしています。2000年6月にガンマ線観測衛星コンプトンを太平洋に落下させた例があります(詳しくは欄外を参照して下さい)。また、宇宙ステーション等の有人活動はこのような低い軌道で行なわれますから安心して宇宙で生活できるよう、スペースデブリの探索をしっかりと行なわなければなりません。弾丸の速さで衝突しうるため、深刻な問題です。

一方、静止軌道では有人活動が行なわれていませんし、地球から遠くにあるため大気摩擦がなく地球に落ちてくる心配もありません。しかし、宇宙開発にとって問題が深刻であることに変わりはありません。廃棄物は回収されない限り永遠に静止軌道付近を巡ることになり、運用中の通信衛星に損傷を与えかねません。現在、通信衛星・放送衛星・気象衛星など様々な人工衛星がありますが、ある日とつぜん運用されなくなると、困るものが少なくありません。もっとも、こちらも完全に制御不能になる前に静止軌道から少しだけ離れた軌道にほうむるような協定があります。 ただし、罰則規定はないため、遵守されない恐れもありますから、観測することが大切です。

さて、私が所属する研究室にある「静止衛星光学観測装置」の紹介をします。本体は単なる反射望遠鏡ですが、静止衛星の方角を測定する機能をつけています。この装置は、本来、まだ現役で運用している静止衛星の方角を測定するためにつくられました。装置の写真を図1に掲載します。当研究所では、人工衛星からの電波を受信して方角の測定を行なう機器をいろいろと開発しているのですが、それらの精度を確かめるために、電波とは異なる方法で測定したデータを取得したいという思いから、光学観測も始めたそうです。しかし、観測する対象が運用中の衛星か廃棄になったものかの違いだけで、写る像に違いはありません。実は、運用中の衛星かスペースデブリかは見ただけでは区別できません。どんなに機器の性能を向上させても、静止軌道上にある人工衛星は点か線にしか写らないからです。それなら、通常業務的な観測がない時には静止デブリの観測をしてみて、静止デブリの観測ノウハウを蓄積させてみよう、と思うにいたりました。

図1

「静止衛星光学観測装置」は3台ものパソコンで動かしています。一つは鏡筒を所望の方向に向けるため、もう一つは正確な時刻でシャッターを開閉させるため、残る一つはCCDカメラから画像を取り込むためのものです。設置当初は複数のパソコンを操らなければならないため、一つの画像を撮影するのに最短でも3〜4分程度かかり、入力ミスがあるともっと時間を費してしまいました。現在は、シーケンス制御といって、それぞれのパソコンにあらかじめ数値をテキストファイルでインプットしておけば、自動的に望遠鏡を指定した方向に向け指定した時刻に撮影してくれるので、一つの画像を1分程度という短時間で撮影できるようになりました。

望遠鏡の口径は35cmで焦点距離は125cm (F3.6) のニュートン式です。視野角は 0.4°×0.6°で、静止衛星の割り当て範囲 0.2°×0.2°を一画面に捉えられるようにしました。ちなみに「割り当て範囲」とは、一つの静止衛星に与えられたナワバリです。静止衛星は、厳密にいえば静止していません。地球重力だけでなく、太陽や月の重力・太陽光による輻射圧力などを受けるため放っておくとどこかに行ってしまいます。そのため、ナワバリから衛星が出ないように軌道制御をするよう決められています。今まで国内ででも、スペースデブリの観測は試みられてはいました。ただ、視野の狭い望遠鏡で行なわれたために、広域的・体系的な探索はできませんでした。この装置では、充分に体系的な観測ができる視野角を有しています。

CCDカメラは160万画素でペルチエ素子冷却式です(窒素冷却のような本格的なものではありません)。コンピュータとのインターフェースもあまり優れたものではなく、ビニング2×2で撮影した場合でも転送時間が15秒程度もかかってしまいます。このあたりは改良の余地がたくさんあります。

撮影は望遠鏡を固定するようにします。すなわち、静止衛星や静止デブリは点像に、恒星は線像に写ります(動きの速いデブリは短い線像になります)。CCDの手前にシャッターがあり、GPSを用いた標準時計からの時計信号を受け、誤差10ミリ秒程度で開閉します。すると、恒星の線像に刻み目が入ります。画像に時刻情報を盛り込むことに相当します。撮影後に、恒星線像と星図のデータベース (Space Telescope Science Institute 製の Guide Star Catalog) とを照合させて、点像の方角を計算します。もっとも、計算は開発したソフトウェアに任せています。

以上の機能を組み合わせた結果、0.001°程度の精度で方角を測定することができます。この誤差は静止軌道上では700〜800mに相当します。ただし、望遠鏡の性能上、静止軌道上で検出できる物体は観測条件が理想的に良くても 1m 程度です。しかも、当研究所の南側には鹿島臨海工業地帯があり、終夜、工場が明るく照らされています。さらに、太平洋から2kmという海岸近くに研究所があるため、シーイングはおせじにも良いとはいえません。しかし、なぜこんな悪条件下に設置したか?それは、機動力を重視した結果です。ネットワーク経由でリモート観測をすることも考えられますが、そうすると完成するまでにさらに月日を必要とします。それより、早期に試験観測をしてノウハウを蓄積することを優先しました(その結果、今回、観測結果を紹介することができます)。

さて、当研究室で初めて静止デブリを意識した観測は、1999年2月14日に行なわれました。豊橋技術科学大学で当時4年生だった鷲尾智幸君が偶然、静止デブリを捉えました。彼は、大学のカリキュラムにあった企業研修として2ヵ月ほど当研究室にやってきて、晴れた夜には「静止衛星光学観測装置」に接していました。当時は観測の自動化がなされていなかったため、彼は凍えるようなドームに終夜こもっていました。最初は、鹿嶋から見えるはずの静止衛星をすべて撮影する、という課題に彼は挑戦しました。画角を少しずつずらしながら、静止軌道やその付近をじっくりと撮影して、点像が見つかれば、NORAD のデータベースと照合させていきました。ちなみに、このような静止軌道のスキャン観測自身も国内初の試みです。

鷲尾君は静止衛星の検出を行なっている際に、少しずつ動く点像を発見しました。具体的には6時間で 1°近く西へ動いて行きました。さて、前述した通り、静止衛星なら 0.2°の範囲に居続けるように軌道制御をしなければなりません。したがって、発見された物体は制御されていない物体、すなわちスペースデブリであると考えられます。まれに居場所を引越ししている静止衛星の場合もありますが。NORAD のデータベースには、発見された物体に相当する静止衛星がありませんでした。

別の日に同じ物体を見つけられるだろうか?次の夜2月15日は曇天であったため、観測を16日に持ち越しました。たいてい、静止軌道ふきんの軌道を天球上に投影すると、
おおまかにいって、三角関数をゆがませた形になっています。しかし、今回発見した物体は、天球上でほぼ正確に三角関数を描いていました。したがって、軌道決定をして方角を推定させる必要はなく、単純に三角関数を延ばしたところに同じ物体が来ているだろう、と思いました。考えは甘かったようです。向けた視野に物体はありません。急いで詳しい計算を行ない、その付近を探索しました。どうにか再発見することができました。もっとも、本当に初日に発見した物体と同じものであろうか、という疑問をぬぐいさることができませんでした。したがって、さらに次の日である17日に方角の推定を行ない、無事、視野に物体を導入させることに成功しました。

後に、得られたデータからいろいろと条件を絞って軌道決定を試みました。ある1夜あるいは2夜だけのデータから軌道決定をしてみたり、3夜すべてのデータを使って軌道決定してみました。その結果、2夜の観測データを用いた結果、1夜だけの観測データに比べて、軌道の精度が飛躍的に向上しました。その一方、2夜あるいは3夜での軌道決定には、それほど差が生じませんでした。この観測結果の詳細は、実は、1999年3月5日に当研究所で行なわれた第7回衝突問題研究会で私がお話ししたことです。また、通信総合研究所季報に投稿してあり、まもなく発行されるはずです。その後、当研究室の川瀬成一郎さんがこの観測に刺激を受け、静止軌道ふきんの物体を軌道決定するためには、少なくとも2夜の観測が必要であることを、数学的に証明しました。この証明内容は、2000年6月24日から30日までフランスで行なわれるSpaceflight Dynamics という国際研究会で発表されます。

さて、証明の過程から、次のような探索方法が考えられます。まず、どうにかして静止デブリを発見します。そして、一晩中、追跡観測を行なえば、別の日に同一物体を視野に入れられる程度の精度で、とりあえず軌道を決定をすることができます。別の日の観測で、推定された方角に望遠鏡を向け、再検出された物体の方角を測定します。これら一連のデータから、きちんとした軌道決定を行なうことができます。

しかし、この方法では最初の一歩に問題があります。どのようにして静止デブリを発見すればよいのでしょう?少し長いあいだ同じ視野を見て、東西方向に割り当て範囲である 0.2°を越えて動くかどうかを観察するのはどうでしょう。この方法では、一つの静止デブリを発見するのに時間がかかってしまいます。もっと広域的・体系的に静止デブリを探すことはできないでしょうか。静止軌道やその周辺をスキャンしながら、NORAD のデータベースと照合し、静止衛星でない物体を探し続けるのはどうでしょう。そして、静止デブリが発見されたら、それを追跡観測します。しかし、これでも一つの静止デブリにとらわれてしまいます。体系的な観測とはいえないでしょう。美星スペースガードセンターのように望遠鏡が2台あれば、片方をスキャン観測用にしてもう一方を追跡観測用にすれば、どんどん静止デブリを探索することができる、という考え方もあります。しかし、美星では今まで発見されていない非常に小さな物体をも検出することができます。そして、非常に小さな物体は、数が膨大です。すなわち、見えすぎて追跡観測が追いつかないことが予想されます。数を絞って追跡すればよいのかもしれませんが、その場合、せっかく発見した物体をとり逃すことになります。さらに、多少、日にちがかかっても、当研究室のように1台の望遠鏡で探索・再発見・追跡ができれば、 限られた望遠鏡資源を有効に使うことができるでしょう。

そこで、問題をすこし噛み砕いてみましょう。広域的探索とはどういうことか?体系的とは?複数日、スキャン観測をするだけで同一物体を再発見することができれば、広域的な探索を行なったといえるでしょう。しかも、楕円軌道の形や3次元空間における配置・方向のうち、例えば、方向が似ている軌道の静止デブリを一括して見つけることができれば、体系的な探索を行なったといえるでしょう。静止デブリの軌道も、他の周回する天体と同じ楕円です。あまり計画的でないスキャン観測をすると、以前、発見し軌道決定までした物体を、再び検出することになりかねません。軌道決定するまでは、再発見する必要がありますが、ひとたび軌道がわかったら、再び遭遇することは避けたいはずです。そのぶん、新たな物体を発見したいからです。この重複をできるだけ避けるには、楕円軌道が似たものどうしを一括して探索してしまうことです。そうすれば、違った楕円軌道を探すときには、新たな軌道ばかりが発見されることでしょう。

では、どのようなスキャン観測を行なえばよいでしょうか?ここで、次のような軌道の性質に注目します。2つあります。一つは、地球の外から自転する地球や公転している静止デブリを眺めると、数日間ではほぼ等しい所に周期的に戻ってくることです。これは、静止デブリが楕円軌道であるからです。もっとも、何日間もたってしまうと、静止デブリも地球重力以外の力を受け続けているため、楕円の形がわずかに変わってきてしまいます。しかし、数日以内でしたら、少なくとも望遠鏡の視野角程度の精度で再び同じところに戻る、といえます。もう一つは、静止デブリは一回公転する間に、静止軌道が乗っている面を必ず2回交差することです。つまり、地球から見ていると静止デブリは、どんなに楕円軌道の面が傾いていたとしても、静止軌道を横切ります。適当なタイミングで静止軌道上を見続けていれば必ず静止デブリを捉えられる、ということです。南北方向に望遠鏡をスキャンする必要がない、ということです。

以上のことから、次のようなスキャンをしてみましょう。地上から見るとスキャンしているのですが、実は、地球の外から見た場合、静止軌道上のある一点を見続けるような定点観測をすることに相当します。図2を見て下さい。地球は自転していますが、その自転に逆らうように望遠鏡を西にずらしながら、撮影を繰り返します。当研究室の望遠鏡よりも視野が広い場合には、恒星追尾しながら固定撮影を繰り返してもよいでしょう(厳密にいえばずれてくるのですが)。これが1日目のスキャン観測です。2日目も静止軌道上の同じ点を見続けるようなスキャンをします。地球自身の公転により、1日目と時刻が同じ場合、軌道上の同一点は地球から見るとずれています。1日目と同じ点を見続けなければなりません。そうすれば、1日目に発見された物体を、2日目の観測でも再発見することができます。ただし、いつ同一点を通りすぎるかがわからないので、同一点を見続けます。これで、楕円の方向のうち、静止軌道面との交差点が同じ方向である軌道の静止デブリを、スキャン観測だけで一度に検出することができます。

図2

ただし、検出された物体は複数あるため、どれとどれとが同一であるのかを判定しなければなりません。どのようにすればよいでしょうか?これには、確実に撮影するために行なっている仕掛けを活用しましょう。静止デブリはたいてい点像となっているため、CCDのノイズと区別しにくいことが多くあります。そこで、スキャンさせる幅を視野角の半分以内にして、異なる画像に同一物体が写るようにします。すると、短時間に2回撮影しているため、物体の速度が、おおまかにわかります。この速度成分も比較の対象にして似た値のものを探せば、検出された物体のなかから同一物である組み合わせを探すことができます。

残念ながら、これまでのスキャンだけで軌道を正確に決定することはできません。2夜を費しましたが、広域的に一括して見つけた分、もう1夜、追跡観測をする必要があります。しかし、2夜分のスキャン観測結果から、だいたいの方角を予測することができるため、再発見を容易に行なうことができます。仮に物体が視野に入らなくても、その付近を東西方向に 1°程度の範囲で探せば検出できます。ここでのポイントは、南北方向に探さなくてもよいことです。だいぶ効率良く再発見することができます。上記のような体系的なスキャン観測をしていなければ、再検出に失敗すると、心細いものです。もう見つけられないのではないかと。しかし、このようなスキャン観測をしていれば、何日か保留しておいても、逃すことはありません。たくさんの物体が発見されても、
一度に追跡観測しなくても大丈夫です。あるいは、日本では、少なくとも当研究室のある鹿嶋市では天候の良い夜がそれほど多いとはいえません。その場合にも、快晴の夜にスキャン観測を行ない、多少雲のある夜に追跡観測をとっておくなど、観測日程を調整することもできます。

実際に観測してみましょう。1999年12月10日、11日、12日にスキャン観測を行ないました。上記のように、2夜のスキャン観測で充分だったのですが、本当に同一物体の組み合わせを判定できるかどうかを確かめるために、念のため3夜、静止軌道上の同一点を見続けるというスキャン観測を行ないました。検出した点像を図3にプロットしました。横軸は longitude と書いてありますが、直下点経度のことです。縦軸 latitude は直下点緯度のことです。物体の直下点を地球の経度・緯度で表しています。すなわち、検出された物体の方角を表しています。横軸方向を東西方向、縦軸方向を南北方向とも呼びます。

図3


南北方向の視野は北緯0.1°を中心にして固定して東西方向だけをスキャンしています。12月10日の測定結果を○で、11日の結果は+で、12日のものは×で表しました。図中 S1,S2,...,S7 で示した7組以外は、3日間とも割り当て範囲の 0.2°以内に存在しています。S1やS5 の動きは見にくいですが、わずかながら 0.2°以上に動いています。7組の物体は一日ごとに見かけ上、等速にずれています。これは、地球の外から見てある点を通過した物体が再び同一点を通過するとき、地上から見ると東か西かにずれて捉えています。ちなみに、西から東にずれる S4, S7 は楕円の大きさが静止軌道より小さく、それ以外は大きいといえます。半径が大きいほど遅くなる、というのがケプラーの法則です。

今回の観測では、図3を見ただけで同一物体の組み合わせを探しあてることができました。念のため、見かけの速度成分を比較した結果、予想される誤差以内で、同一である、と判定することができました。冗長的に3日間もスキャン観測をしたのですが、仮に2日間のスキャン観測でも同一物を探すことができる、ということです。

その後、追跡観測を行ないました。スキャン観測をした後2日間は曇天であったため、15日に追跡観測を行ないました。まだ観測が不慣れであったため S1, S2, S3, S4 に絞って追跡しました。上記の予想通り、2日間あいたにもかかわらず、容易に視野に導入することができました。これらのデータをもとに軌道決定を行ないました。具体的な数値をここで列挙するのは、会誌の性格上、あまり適当でないと思われるため省略します。上記観測方法の詳細から軌道決定結果までを日本航空宇宙学会誌に和文論文として2000年3月に投稿しました。まだ査読中ですが、詳細に御興味頂いた方は、いずれご覧になれることと思います。

ただ、一点だけ軌道決定結果で気になることをここでとり上げます。計算した結果、S1 の近地点 (地球から最も近い点) は静止軌道の内側 80 km くらいにあり、遠地点 (地球から最も遠い点) は静止軌道の外側 120 km くらいにあることがわかりました。つまり、軌道が静止軌道と交わる恐れがある危険な状態にあります。残念ながら、本論で検出した物体を NORAD のデータベースと比較することはしませんでした。ただ、ここで強調したいことは、新しい物体を見つけたかどうかより、今後、美星スペースガードセンターでこれまでにない性能の機器で静止デブリを観測する場合、どのようにしたら効率良く探索することができるか、について一つの提案をさせて頂けたのではないかと思っております。

最後になりましたが、体系的な観測方法を生むもととなった観測を精力的に行なった鷲尾智幸君 (豊橋技術科学大学), 片山尚弘君 (同大学)に感謝申し上げます。軌道決定を支援して頂いた川瀬成一郎氏 (通信総合研究所)、観測手順の発想や理論的な考察を支援して頂いた木村和宏氏 (通信総合研究所)、議論を繰り返しして頂いた吉川真氏 (宇宙科学研究所)、初期の機器開発をして頂いた澤田史武氏、株式会社エイ・イー・エスに感謝申し上げます。
     

[ 補 遺 ]

 NASA News Releases によると、ガンマ線観測衛星コンプトンがハワイの東南3800kmあたりの太平洋上に投棄させることに成功させたそうです。6月4日のことでした。詳しくは http://www.nasa.gov/releases/ の中の2000年6月5日付の Compton Gamma Ray Observatory Safely Returns to Earth とタイトルされた記事を参照して下さい。

 コンプトンは17トンもある巨大な衛星です(通常の人工衛星はたいてい数100kgから数トン)。制御装置のごく一部が故障したそうですが、まだ制御可能な状態です。しかし、仮に制御ができなくなってから最終的に大気圏に突入したとすると、あまりにも巨大なため、燃え尽きないで地上に衝突する恐れがあります。その危険を避けるため、まだ制御できるうちに洋上に落下させるよう NASA が調整したそうです。


  31号の目次/あすてろいどHP