今月のイメージ             


 「知らぬが仏」という諺は、改めて意味を説明するほどのことはないが、しかしよくよく考えてみると大変深遠なるものを内包している。あることを知らない方が、知っているよりもより穏やかな人生を送れる、ということは往々にしてあるものである。ただ個々にどれは知らない方がよいのかについて、前もって判るわけではない。しかも、あることを一度垣間見てしまうと、さらに知りたくなるのが常である。

 このところ地球に接近する小惑星のニュースをよく耳にするようになった。特に今回の2000QW7の場合、幾つかの特徴を持っている。地球に接近するといっても、軌道は地球軌道の内側に入ることはなく、また軌道傾斜角も小さいので、地球に接近した際、地球の外側、すなわち地球から見て太陽の反対側を、幾分並進するような格好ですれ違う。地球からの距離も近いとあって、推定直径500m程度でありながら、NEOにしては極めて明るく、最も明るいときで13等にもなった。また、地球から見える時間も長く、少なくとも今年いっぱい、16等から20等程度で見ることが出来るらしい。すでにスペクトルなどによる観測はもちろん、レーダによる観測も始まっている。実は、これは危険な天体どころか、我々に太陽系のさまざまなデータを提供する、貴重な天体になりつつある。

 それにしても、どうしてこんなに小惑星接近のニュースが増えてきたのだろうか。まあ、そんなことは聞くまでもなく、理由は大変強力な探索がはじまったからである。地球に脅威を与えるような接近をする天体に対して、PHAという名前が使われている。「災害を与える可能性のある小惑星」という英語の略であるが、地球に0.05AU(74800km)以内に接近し、明るさから推定される直径が150m程度よりは大きな天体と定義されている。その数はすでに272個(2000年9月13日現在)に達しているということである。その数の増え方を年代的に見ると1997年までは発見される数は年間数個から十数個であった。しかし、1998年から急激に増えはじめ、98年が55個、99年49個、そして2000年はまだ9月の中旬であるが、すでに58個に達している(同様の傾向は、NEOにも当然言えるわけで、詳しくは31号、3ベージの吉川さんの記事を参照下さい)。実は98年から急激に増えた発見個数のうち、7割から8割は一つのプロジェクト、すなわちNEAT(NASAのジェット推進研究所で進められて4いる、NEOおよび彗星を対象とした探査プログラム、詳しくは26号の4ページ参照)が見つけている。具体的には98年35個、99年37個、そして今年9月初旬までにその数、48個になっている。いかに強力なサーベイが行われているかがわかる。

 PHSと呼ぶべき天体が実際にどれだけ存在するかは明確ではないが、急速に蓄積されてきた観測データを基にした、最近の計算機シミュレーションによる推定では、直径1km以上の天体で500〜1000個といわれている。もし、この勢いで発見が続けば、10年程度でそのかなりの部分を発見することになるわけであるが、その探索の仲間に、美星スペースガードセンターも入ってくるとあっては、断言してもいいかもしれない。ただ、地球から発見しにくい軌道にあるものも相当にあるはずで、もし、推定される数が正しいとしたら、まもなく新しいPHSの発見率も減少することになるかもしれないが。

 ところで、現在わかっている272個のPHSに関する軌道要素をもとに、これから2002年までに地球中心から0.05AU以内の距離に近づく小惑星の数は、スミソニアンのMPCの提示するデータによれば、次のようになる。
 2000年(9月〜12月):3個
 2001年(1月〜12月):3個
 2002年(1月〜12月):4個
これらの天体の中で最も地球に接近するのは2001年12月16日、1998WT24という小惑星で、月までの距離の5倍程度のところを通過する。というわけでそれほど接近するというわけではない。少し、拍子抜けしたかも知れないが、そんなものである。それでは、21世紀という、100年の時間間隔で見た地球へのニアミスベスト3を上げてみると、
  2080年 9月23日  1999RQ36  224400 km
  2023年10月16日  1998HH49  374000 km
  2027年 8月 7日  1999AN10  388960 km
となる。これらの接近距離は月までの距離と同じか、それより小さい。しかし、地球に衝突することはない、すなわち、トリノスケール0に対応する天体である。

 我々の住む地球は約29km/秒という速度で太陽の周りをまわっている。ただその航路は、見渡す限り何もないという安全なものではなく、さまざまな天体が横切っていることがわかってきたのである。これからますます活発になる観測網の中で、もっと接近する天体が次々と見つかってくるかも知れない。しかし、慌てることはないし、慌ててもどうしようもない。このような環境で、地球は何千万年かは無事に過ごしてきたはずである。「知らぬが仏」ですまされなくなった地球航路の環境を、「知っても仏」にするために、冷静に、正確に実状を把握することが先決である。  
        (エッセイ 由紀 聡平、イメージは小惑星に設置した天文台 Jona)


 32号の目次/あすてろいどHP