繰り返される「天体衝突」の報道

             −今度は小惑星2000 SG344が、2030年に地球に衝突?−

                                吉川 真(宇宙科学研究所)


 2000年の11月の初め、天体衝突の可能性が報道されてすぐに否定されるということがまたもや起こりました。最近、このようなことが何回か起こっています。日本で報道されたものでは、1998年の3月、
1997 XF11という小惑星が2028年に地球に衝突するかもしれないというものがありました。このときは、報道の翌日に、より正確な軌道が求められて衝突の危険性はないということになりました。この教訓があったのでこのような問題には慎重に対処しようということになっていたはずでしたが、同様なことが繰り返されてしまいました。それも、今回の発表は、国際天文学連合(IAU)の発表という非常に「重い」ものでした。(小惑星1997 XF11につきましては、「あすてろいど」の22号と27号に関連する記事があります。)

 以下では、今回の経緯を簡単にまとめてみることにします。

 国際天文学連合とNASAは、2000年11月3日に、2000 SG344という小惑星が、2030年9月21日に地球に衝突する確率が1/500であると発表しました。これは、衝突予測の確率としては、かなり大きな値です。おそらく、今までに算出された確率の中で最大のものではないかと思います。(参考:図1)

 この小惑星2000 SG344は、2000年9月29日にハワイのCanada-France-Hawaii 3.6m望遠鏡によってDavid J. Tholen らによって発見されたものです。絶対等級が24.6等と見積もられていますので、小惑星だとするとその直径は30m〜70mと推定されます。ただし、その軌道は、地球の軌道に非常に近いもので、10月25日のMPEC(Minor Planet Electronic Circular)の発表では、軌道長半径が0.98AU、軌道離心率が0.067、軌道傾斜角が0.11度ということです。公転周期は1年よりわずかに短い354日です。したがって、地球から打ち出されたロケットである可能性も高いと思われます。もしロケットだとすると全長は15mくらいと推定されます。ロケットですと、表面の反射率が小惑星より大きくなりますので、大きさは小さく見積もられることになります。なお、ここでの軌道は、Tholenらの観測に加えて、1999年9月15日のLINEAR望遠鏡によるデータも加えて算出したものです。ただし、このLINEARのデータは1晩のみのデータであり、誤差が大きい可能性があります。

 ロケットであるとすると、1971年前後に打ち上げられたアポロ計画のロケット(Apollo 8-12)である可能性が高そうです。その理由は、現在地球のそばにありそして今から30年後に地球に接近するということは、逆に30年前にも地球のそばにいたことになるためです。

 また、仮に衝突が起こるとすると、小惑星の場合には1908年のツングースカ大爆発レベルの現象が起こる可能性が高いことになります。また、ロケットならば、地球に衝突しても大気圏で燃え尽きてしまうため、被害を受ける可能性はありません。

 ところが、このIAUの発表の後で、別の過去の観測が発見されました。それは、1999年5月17日のCatalina Sky Surveyによるものです。このデータを加えて軌道決定をしたところ、2030年における接近距離は、0.0346 AU (接近する時刻は2000年9月22日 22.19時UT)となり、衝突を心配する距離ではなくなりました。これで、今回も衝突騒ぎは約1日で終わったことになります。(参考:図2)

 しかし、今回の場合は、少し深刻な問題を残す結果となりました。それは、今回は、一研究者が発表したわけではなく、国際天文学連合としての発表だったからです。衝突の確率計算は、国際天文学連合の天体衝突専門のワーキンググループが正確に計算して発表したもので、もちろん計算そのものは間違っていません。また、国際天文学連合内で決められた手順に従った発表でもありました。その意味では、それまでの経験から最も混乱が生じないようにしたはずでした。ところが、発表してすぐにその発表内容を変更せざるを得ない結果になってしまったのです。その原因は、発表の直後に新たなデータが出てきたことです。ある意味では、不運だったとも言えます。しかし、このような情報の出し方については、さらに議論をする必要はあるでしょう。実際、この発表の後、衝突に関係する研究者などの間では非常に活発な議論が続いています。

 情報を隠しておくのはよくないですが、不正確とも受け取られてしまう情報の出し方も好ましくありません。本当は、少し時間的な余裕を持って新たな観測や過去の観測情報を十分サーベイしてから発表するのがよいのでしょうが、マスコミの方はいち早く報道したがるわけで、情報を出す側としては対応が難しいことは確かです。まあ、30年も先のことを話すわけですから、そんなに焦らなくてもいいと思うのですが・・・

  図はそれぞれ2000年11月14日および11月6日の朝日新聞の記事です