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磯部 秀三(JSGA理事長) |
小惑星の命名権を売ります 7月29日の朝日新聞に、小惑星の命名に関する記事が出ていた。そこでは“マイ・スター基金”がアマチュア天文家の発見した小惑星の名前の提案を4万円の仲介料を取って受け、国際天文学連合(IAU)に命名の提案をするというものであった。そして、数日の内に少なからずの人が接触したそうである。 もし、このようなことが可能であるならば、日本スペースガード協会が美星スペースガードセンターの1m望遠鏡で観測を始めれば、毎月数千個の新小惑星を発見できるはずであるので、赤字に悩む協会の財政事情が一挙に好転することになる。 小惑星の命名は、正式にはどうなっているのであろうか。小惑星の観測者は観測した小惑星の観測時刻、位置、等級をIAUの下部機関である小惑星センター(MPC)に報告することになっている。MPCでは、報告された小惑星がこれまでに発見されたものでないとわかると新発見の小惑星とし、翌日以降のこの小惑星の観測で確認した段階で、小惑星の仮符号が与えられる。それは、発見年と1年を半月毎に数えた順番を英文字の順(Iは除かれ、Zは使われないので24文字)と期間の発見順にAからZまで(Iは除かれるので25文字)、さらに発見があるとA1.B1,・・・,Z1、A2,B2,・・・というふうに付けられる。例えば日本スペースガード協会が発見した地球近傍小惑星(NEA)は、2000UV13で、2000年10月前半に見つかった431番目の小惑星という意味である。 そして、その後、数年間の観測がなされて、軌道がかなり正確に決定され、数十年先に再び観測で捉えられる精度になった時、または数年前の1回きりの観測と結びつけられて同じく軌道決定精度がよくなった時に確定番号が付けられる。そして、発見者の名誉をたたえて小惑星の名前を提案する権利を与えられる。その後、IAUの命名委員会で提案された名前が適切であるかどうかを判断して決定される。例えば、生存中の政治家や軍人の名前は付けられないことになっている。また、IAUが特別と認めた小惑星にはIAUが独自に提案して命名する。例えば5,000番の小惑星は“IAU”と名付けられた。 IAUでは、星に名前を付けることは禁止している。昔に付けられたもの、例えばオリオン座の1等星ベテルギウスやリゲル、太陽系の火星や海王星は例外である。例えば20等級までの星の数は約7億個もあり、それぞれに名前を付けることが無意味であることは明らかであろう。星を示すのに、天球上の座標を 用いるのが最も適切と考えられている。その他にはいろいろのカタログ掲載されている番号で表されることもある。 世の中には、星の名前を売るのを商売にしている会社がある。1つの星に数百ドルを払って付けるのであるが、その名前は勝手に付けたもので、IAUとは関係がなく、IAUばかりでなく関連する科学団体で使われることもない。名前を売った会社から買った名前の示された本が届けばよい方であろう。それで買った人が満足しているのであれば、それもよいかもしれないが、それ以上のことでは決してないのである。 小惑星の名前はIAUとしては例外である。これは少し前までは小惑星の新発見は大部分アマチュア観測家によってなされており、その名誉を讃えるためにその小惑星の名前の提案権を与えてきたのである。つまり、発見者その人にのみその権利があり、その提案権をお金で取り引きすることはIAUとしてはとんでもないことである。 7月29日の記事を見て、私はすぐにIAUの総書記のHans RickmanとMPCの委員長のBrian Marsdenに電子メールを送ると、“マイ・スター基金”を主催している人からの提案は受け付けないとの返事が返ってきた。そして、その結果を御本人に知らせると、ホームページ上でこの企画を中止すると8月9日になって発表し、朝日新聞にもその中止の記事が出された。私の速い対応で“マイ・スター基金”の人は深い傷を負わなかったと思っている。もし、既に誰かがお金を払って小惑星の名前を提案していたら、結果としてIAUの名前が付かないことになり、一種の詐欺になって、警察に訴えられていた可能性もあったと考えられるからである。 上記の事件と前後して、小惑星の命名に関して、2つのことが起こっていた。“星ナビ”という雑誌で、発見者の複数の発見小惑星の名前を募集していた。また、宇宙開発事業団、国立天文台等が共催する“宇宙の日”のイベントの1つとしてアマチュア観測家が発見した小惑星の名前を募集を始めていた。IAUとしては、発見者が身近な人と相談した名前を提案してくることは想定していたが、このようなふうに名前を公募することは想定していなかった。もし、このことが可能であれば、日本スペースガード協会は発見した多数個の小惑星の名前を公募したり、会員の名前を付けることができるので、とてもメリットの大きいものとなる。 この問題に対する私の質問に対するIAUの回答は、目下の所、お金が絡んでいなければこれらの活動を中止させることはできないであろう、というものであった。しかし、私が指摘した通り、これらの主催者の宣伝効果が大きく、本来の発見者に対する名誉という考え方から大きく離れていることも確かであると認識された。 現在、IAU総書記、MPC委員長、第3部分委員長Mikhail Morov、小惑星委員会(MPCPC)委員長のGiovanni Valsecchiと私の5人で2003年7月の総会に向けた改定案の検討準備を始めている。その議論では、既に2万個にもなる小惑星の名前を1つ1つ付ける意味があるかどうかというものである。 私は既に1991年のブエノスアイレスのIAU総会、1994年のハーグの総会、2000年のマンチェスターの総会でもう命名をしないようにと提案したが、残念ながら否定されてきた。しかし、今回は全員名前の数は多すぎるとの認識で一致した。一方、発見者の名誉という考え方を残したいとの意見も強く、例えば、一人の発見者はその発見小惑星の1番目,2番目,4番目,8番目,16番目,・・・,に名前を提案できるという案が出されている。上記の結論が出るまではもう少し時間がかかるであろうが、命名権の制限をする方向であることは間違いないであろう。 私は日本スペースガード協会の理事長として、協会の利益にならないことをしたのであろうか。一面ではそうかもしれない。しかし、天文コミュニティ全体の利益になったことを通じて、協会へもプラスになったと思っているが、いかがであろうか。 |