アッシャーさん ありがとう
−全国講演ツアーうらばなし −
守山 義之男(日本スペースガード協会)



 北は札幌から、南は岡山まで、広範囲におよんだアッシャーさんの全国講演ツアーも、11月11日横浜こども科学館の講演を最後に幕を閉じた。横浜では敬老会にも案内を出したところ、多数の方がお見えになり、立ち見も出るほど盛況であったと聞いている。会場は14カ所を数え、講演を聴かれた方の数は全国で1600名程にのぼった。今は無事に終わることができて、とにかくほっとしている。そして11月19日、アッシャーさんの予想通り、満天の夜空を飾ったすばらしい流星雨の感動で、それまでの疲れも何も、どこかに吹き飛んでしまったのである。
 そこへ、アッシャーさん講演会のまとめをするように言われて、慌てて吹き飛んだものを探し廻ったが、大事なものは見当たらない。何とか拾い集めたものをまとめて、全国ツアー裏話とでもいうべきものでお茶を濁してみた。

 当初、講演会は5〜6箇所を予定した。ご関係者のご尽力により、早々と予定数に達し、その後も申し込みは増え続けた。開催数が増えるに従い、情報の錯綜による不足の事態発生が懸念された。常務理事会より、私のところで、「情報の一元化をはかるように」とのご下命があった。大役である自覚も無いまま、私はマネージャー役をお引き受けした。そのためいささかまごつくことも多かった。
 
 例えばこんなこともあった。申込受付を〆切にしたころであった。知人を介して、某所でアッシャーさんの講演会が企画されていることを知った。既にアッシャーさんの了解もとれており、講演の準備が進んでいるとのことであった。さて困った。急ぎ、ご連絡をいただけるように、知人に伝言をお願いした。企画をされている方は、某天文学会の大御所であり、アッシャーさんとは、旧知の仲とのこと。常務理事会に事情を説明すると共に、企画者からの連絡を待った。数日後の夜、お電話をいただいた。「守山先生のお宅でしょうか」「いいえ、私は先生ではありません」と、危ないやりとりで会話はスタートした。開催の受諾を即答できない事情を説明し、その場をしのいだ。その後、常務理事会で検討の上、開催ができる運びとなった。

 事を進めるにあたり、私に英語力が無い事が障害となった。アッシャーさんと打ち合わせは、面談の際は、日本語とボデーランゲージで、何とかなるが、ご本人が美星にいる時はそうもいかない。見かねた常務理事の松島さんが翻訳をかって出てくれた。感謝!アッシャーさんへの伝言は電話で説明し「後は宜しくお願いします」と、すませた。かくして、私の無力さは、常務理事会の知る所となった。任せておいたでのは、危ないと思われたのであろう。当方は「講演会打ち合わせチェックリスト」を作成し、添付ファイルで送るだけで、ご関係者の気配りにより、事は粛々と進んだ。

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多くの会場で講演終了後にサインを求める列ができた

   山梨県立科学館の講演会には、松島常務理事、渡辺理事、私の三人が随行した。会場は幅広い年齢層の方々で埋まっている。臨席の4、5名のグループの一人に、声をかけた。東京から来たそうである。館のファン層の厚みがわかる。同館は1997年11月開館以来、河澄館長を先頭にスッタフが一丸となり運営に取り組んでいる。将来のさらなる発展が楽しみだ。講演も終わり、アッシャーさんが会場を出て、天文準備室の前で、旧知の方と話をしていた。遠巻きにしている一人のお子さんに、「写真をいっしょに撮りたいですか」と、聞くと、頷いた。「お願いしてみたら」と、言うと、撮影をすませもどって来た。「サインもお願いしたら」と、けしかけた。それからは、堰を切ったように、記念撮影とサインが始まり、フラッシュが光り、アッシャーさんとの心温まる交流の場となった。

 九月のある日曜日、横浜子ども科学館に、講演会の打ち合わせを兼ね、旧交を温めるのを楽しみに出かけた。十数年ぶりの再会となる方もいる。三人が出席され、企画書に基づき、打ち合わせの詰めをした。それぞれのお立場から、ご意見、ご提案が出されたが、取り上げようとすると別項目の変更に迫られ、それを変更すると、更なる変更箇所が発生する。緻密に練り上げられた企画である事がわかった。講演会を開き、成功させるには、多くの汗と努力が必用であることを感じた。たしか「今年の手持ちの予算はこの講演で使い果たすことになりました」と、ご担当者がおっしゃったような気がする。他の館、団体も、貴重な予算を割いて講演会を開いて下さっているのであろう。何か申しわけない気がすると共に、身の引き締まる思いがした。

 館林の向井千秋記念子ども科学館での講演会は、地元の流星観測者の方々が主催をされ、基礎知識のある方を対象としていた。参加者は75名。皆さん、熱心に講演を聴かれていた。アッシャー理論そのものに、関心がある人が、これだけ大勢集まることに、文化レベルの高さを感じた。講演も山場を過ぎたころ、アッシャーさんが中東で、しし座流星群の観測した時の事を、日本語で説明するサービスがあり、講演会は和んだ。講演後、屋上の天文台で、取材のビデオ収録が終わった頃には、日も陰り始めていた。夕闇の中で、開催に尽力された方々と、記念撮影を行い、講演会はお開きとなった。

 11月18日午前中。好天の兆しがある長野を観望の地と定め、理事の渡辺さんに電話をして、押しかけ、野辺山にご案内いただいた。おかげさまで、壮大な天体ショーの感動を味わえた。後日、友人達に電話をすると、ハイアマチュアの人達は一様に、出現予測の正確さに驚きを表し、一般の人は感動を語ることが多かった。ここで、末筆ではありますが、講演会の開催にご尽力をいただいた皆々様に心より御礼を申し上げ、タイピングを終えたい。