月刊コートダジュール(4月号)

   未だ和食が恋しい2年目のニース生活

       2025年5月3日 紅山 仁 (コートダジュール天文台)


2年目のニース生活が始まった。人間何事も2回目となると学習しているようで、1年目に比べて円滑にことが運んでいる。1年目には VISA も滞在許可証もない時期が生じてしまったが、どうせ今回も期限までには間に合わないだろうと思い、あらかじめ大学を通して政府へ連絡を入れてもらった。その甲斐あって1年目の滞在許可証の期限が切れてからわずか2週間で次の滞在許可証を手にいれることに成功した。1年という期間はフランスの行政手続きへの期待を下げるには十分なようで、ストレスは明らかに軽減されている。一方で、1年経っても日本食の恋しさはひとつも消えないのだから、人間不思議なものである。

4月には昨年ニースに来てすぐに取り組んだ観測に関する論文が出版された。観測は昨年の5月にチリ共和国のパラナル天文台にある超大型望遠鏡(VLT)で実施された。とはいっても観測はリモートかつサービスモード(事前にどのような観測をしたいかを伝えておき、その情報などをもとに現地のサポートの方の判断で実行される観測形態)で行われたため、自分で観測したという感覚はない。同時期に同じ天体を観測するためにフランスから24時間かけてハワイに足を運んでいた。にも関わらず、現地観測ではデータが得られなかったのに、リモート観測ではデータが得られたというのは皮肉な話である。時間をかけて計画してもデータが一切得られないこともあるのだから、半分の望遠鏡で観測に成功したのは御の字だと自分に言い聞かせて、ハワイからの帰りの飛行機で解析を進めていた。しかし、いくら解析しても天体が見えない。私にとって初めての中間赤外線観測であったため、自分の書いたプログラムが間違っているのだろうと何度も確認した。しかし、いくら修正しても天体は見えない。試しに過去のアーカイブデータをダウンロードして解析してみると、天体が写っている。つまりプログラムはそれなりには正しく動いていて、どうやら私たちが得た VLT のデータには天体が(背景光の雑音に比べて)十分な明るさでうつっていないようだ。

そこからはこの観測データをどうするか、頭を悩ませた。大学院生の時に「non-detection (今回のような非検出)で論文を書きたい」と言っていた同期の言葉を思い出した。実際に自分の観測が「non-detection」であるとわかった時は、正直、何もなかったことにしたいと思った。とはいえ、共同研究者を含む多くの方にお世話になった観測である。このデータが有意義なものであればそれを使わない手はない。日中も星が存在するのに人間の目には見えないのと同じで、確かに望遠鏡の画像には天体が含まれているはずであった。なのに写っていないということは、小惑星が小さくて小惑星からやってくる中間赤外線の光が弱いということであろうと結論づけた。

論文の方向性については共同研究者間での議論が長く続いた。紆余曲折を経て、論文が出版された。プレプリントを読んだ日本の研究者から「論文を読みました。」とのメールをいただいた時には、心の底からまとめることができて良かったと思った。時間がかかってしまったが、それも含めて良い経験になった。ただし、今後の研究者人生において、私が少なくとも代表者として、検出限界ぎりぎりの観測を再び提案することはないと断言できる。受入研究者のマルコも “We need photons!” と賛同してくれている。

 

写真1.ニースの旧市街の人気ラーメン店 IKKO Ramen の食事。ニースでの2年目に突入した4月1日に訪問。同僚と外食する際は、可能な限りフレンチではなく和食を提案し続けている。

 

写真2. ニースの街を背にした筆者の近影。手にかかえられているのは日本の小惑星探査機はやぶさが訪れた小惑星イトカワの模型。3Dプリンタ好きの同僚にいただいた。この写真の小惑星イトカワは綺麗に検出できている