月刊コートダジュール(10月号)

   スロバキアの山奥にある天文台を訪問

       2025年11月7日 紅山 仁 (コートダジュール天文台)


2025年10月、彗星に関する議論のためスロバキアを訪れた。目的地はポーランドとスロバキアの国境に位置するタトラ山脈 (Tatry) の麓の町タトランスカ・ロムニツァ (Tatransk? Lomnica) である。タトランスカ・ロムニツァは、30分もあれば徒歩で一周できるような小さな町で、ニースからの直行便はない。先方のアドバイスに従い、まず直行便で2時間かけてポーランドのクラクフに行き、その後車で3時間かけてタトランスカ・ロムニツァに向かった。目的の研究機関、スロバキア科学アカデミーの天文研究所 (Astronomical Institute Slovak Academy of Sciences、以下 SAS) には3つの部門、合計50名弱の研究者がいるとのことだった。研究機関のため学生はほとんどおらず、常勤スタッフと任期付き研究員 (ポスドク) で構成されていた。今回の訪問先は惑星間物質部門 (Department of interplanetary matter) の中で彗星の研究をしているスタッフ4名である。

10月下旬のポーランドはすでに寒さが厳しかった。冬の訪れを感じながらスロバキアに入ると、道中では雪が積もっている場所もあった。無事に到着して先方と合流し、早速レストランに入った。冬はさらに寒くなるそうで、建物はしっかりしていて、屋内はどこもあたたかかった。早速いただいた人生初のスロバキア (東欧) 料理とスロバキアビールで疲れを癒した。

翌朝には早速SASで研究内容に関する議論をした。SASのグループが自分たちで取得した観測データや過去に取得されたアーカイブデータを使い、彗星の活動、物理特性およびそれらの起源を解明するための研究を行う。新しい仲間との研究に胸が高鳴った。ともに研究をするメンバーは4人で、SASで太陽系小天体の観測的研究をしている人数と同じである。私が所属しているコートダジュール天文台には山ほど太陽系小天体の研究者がいるが、その中に彗星の観測的研究者はほとんどいない。そういう意味で、ニースでは叶わないコラボレーションである。ニースの研究者は多すぎるが故に、基本的にみな小さなグループに分かれて研究している。そのような選択肢があるほどにたくさんの人がいるということは素晴らしく、セミナーの際に他の研究グループから有意義なフィードバックがもらえるという強みはある。一方で、全員で協力できればとも思う。SASでは人数が少ないが故にみな協力し合っていて、羨ましくさえ思った。

SASの研究者らの望遠鏡があるスカルナテ・プレソ天文台(Skalnat? Pleso Observatory)も案内してもらった。標高1786mの天文台で、標高800m程度のタトランスカ・ロムニツァからはケーブルカーを使えば20分ほどで到着する。0.61m望遠鏡と1.3m望遠鏡があり、太陽系小天体を含む様々な天体を観測、とりわけが可視光域での撮像および分光観測が行われている。規模の小さい天文台のため天文台職員向けのレストランはなく、少し孤立していると教えてくれた。その証拠に天文台付近には動物がやってくるようで、一匹の人懐っこいキツネに出会った。休日には、車で1時間弱の距離にあるスピシュ城 (Spi?sk? hrad) およびレヴォチャ歴史地区を訪れた。世界遺産と聞いていたので混雑を予想していたが、日曜日ということもあってか閑散としていた。ひたすらに美しい街を独り占めしているような贅沢な経験ができた。スピシュ城から夕焼けを眺めながら、数ヶ月前まで名前も知らなかったスロバキアの城にいることをおかしく思い、ここにいる経緯を振り返った。渡仏後間もない時期から共同研究をしているウクライナ人の同僚のアレクセイに誘われて、スロバキア?フランス共同研究という枠組みでの新しい研究を始めることになったのだ。日本では、かつてお世話になった奨学金制度に国籍の制限が設けられると聞いた。そんな中、フランスに滞在する日本人として、ウクライナ人の同僚とともにフランスを代表する形でスロバキアとの共同研究のための研究予算を獲得できた。マイノリティにとって、公平に扱われることがこれほどありがたいとは思っていなかった。色々な意味で、忘れられない夕日になった。

 

写真1. タトランスカ・ロムニツァ到着後にいただいたスロバキア料理ハルシュキ。フランスやイタリアとは少し異なる独特なニョッキにたくさんのチーズがかかっていて、こんがり焼けたベーコンが添えられていた。スロバキアのビールは飲み慣れた日本のビールに似ており、ふと日本を思い出した。

 

写真2. 標高1786mにあるスカルナテ・プレソ天文台と筆者。雪が積もっていたが、幸運にも昼間は晴れ間もみられ、耐えられないほどの寒さではなかった。左のドームには0.61m望遠鏡、右のドームには1.3 m 望遠鏡が収められている